教会が成長拡大していくためには、クリスチャン一人一人の成長が鍵となります。教会というキリストの体の器官として十分に働くことができるように成長してゆくことが求められます。そのためには、いつも謙虚に「学び続ける」ことが重要です。
学校を卒業した時点で学ぶことを終えたと勘違いしている場合があります。大学を卒業して企業に就職しても、実際に仕事ができるようになるまでには、かなりの研修期間が必要になりますし、音楽大学を卒業してもスグに音楽の仕事ができるほどの実力はないのです。神学校を卒業したとしてもスグに現場でバリバリという訳にはいかないということも容易に理解できると思います。
学校で学ぶべきことは、卒業後の「学び続ける人生」のための考え方と学ぶ技術であると言っても過言ではありません。
現代の日本で私たちは、自由に書物を読むことができますし、有意義な講座を受講したり、著名な先生方のレクチャーを受けたりすることが可能です。いろいろなセミナーが開催されていますし、大学や公共機関が、社会人を対象にした講座を開講していたりもします。またインターネットを通して気軽に学ぶこともできます。それ以外にも、世の中を見渡せば「学び続ける」ためのチャンスは幾らでもあるのです。
効率良く「学び続ける」ためには、まず目的を明確にしなくてはなりません。「何のために学んでいるのか?」が重要なのです。
学んだことが宣教事業(ミニストリー)の実践に活かされないのであれば意味が無いのです。学んでいることが隣人の救霊のためにどのように役立つのでしょうか? 学んでいることが人々の心を福音に導くためのメッセージにどのように役立つのでしょうか? 学んでいることが所属教会の成長拡大のためにどのように役立つのでしょうか?
宣教事業に携わる人財として、伝道学や牧会学を学ぶことは意義あることです。しかし、現場の具体的な奉仕のためには、もっともっと実践的な学びが必要になります。
礼拝の受付の奉仕を、一流ホテルの受付のクオリティーにするにはどのように学べばよいでしょうか? 一流ホテルで指導をしている先生や受付経験者から学ぶこともできますし、もしそれがダメならば、ホテルのロビーで受付担当者を観察させていただくことでも多くのことを学ぶことができます。
駐車場での自動車の誘導の技術を学ぶためには、交通誘導員の講習会を受講することもできますし、横断歩道で交通誘導をしている警察官を観察することでも学ぶことができます。
教会の掃除の奉仕のためには、掃除関連の書籍を読んで学ぶことができますし、掃除の研修会なども開催されています。
音楽奉仕のためには、ボイストレーニングに通って声について学ぶことができますし、楽器も近隣の音楽教室を用いて学ぶことができます。
メッセージや証しのために「話し方教室」などに通っている方もいますし、ある有名な牧師は、寄席に通って落語家の話術を学んだとのことです。メッセンジャーは、人々の心を揺さぶるメッセージを語るために、徹底して「学び続ける」のは当たり前です。
宣教事業(ミニストリー)に関わる私たちクリスチャンが、明確な目的をもって「学び続ける」ということには、机の前に座って学ぶだけではなく、このような行動的な学び方も重要なのです。
日本のリバイバルのために学び続けましょう!!
ハレルヤ!!!!
わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。(コリント人への第一の手紙1章3節より)
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