ヨハネス・カントーレスによるJ・S・バッハ「マルコ受難曲」演奏会が4月1日、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会(東京都新宿区)で開催される。今回演奏される受難曲は、アルゼンチンの作曲家パブロ・エスカンデ氏が再構築したもので、東京では初めての演奏会となる。
「ヨハネス・カントーレス」はラテン語で「ヨハネを歌う人たち」という意味で、ヨハネ受難曲やバッハの音楽を愛する人たちの集まり。日本を代表するカウンターテナーで、指揮者としての活躍も目覚ましい青木洋也氏が率い、今年で結成12年目となる。
青木氏は幼い頃からバイオリンを学ぶ傍ら、東京少年少女合唱隊でボーイソプラノとして活躍してきた。東京芸術大学大学院で古楽演奏、エリザベト音楽大学大学院で宗教音楽を学び、在学中に定期的に渡欧して研さんを積んできた。数少ないカウンターテナーのソリストとして活躍するだけでなく、世界的に名高いバッハ・コレギウム・ジャパンの主要メンバーで、日本基督教団聖ヶ丘教会の教会員でもある。
ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685~1750)は5曲の受難曲を作曲したといわれているが、完全な作品が現存するのは「マタイ受難曲」(BWV244)と「ヨハネ受難曲」(BWV245)の2曲だけ。今回演奏する「マルコ受難曲」(BWV247)は、それに続く3番目の受難曲となる。マルコ受難曲は、1731年のレント(受難節)のために作曲されたことははっきりしているものの、自筆譜どころか楽譜は1枚のコピーさえも残されていない。現在残されているのは自筆譜とは別に出版された歌詞のみ。
音楽学者の加藤拓未氏(明治学院歴史資料館研究調査員)によると、マルコ受難曲はその後の研究で、バッハの「クリスマス・オラトリオ」(BWV248)のように、旧作を転用して作曲したことが分かったため、自由詩や合唱曲の部分は復元できるようになった。ただ、物語である福音書の部分は、バッハによる書き下ろしの新作であったため、旧作にたよることができず、復元ができない。そのため、マルコ受難曲を初めから終わりまで、歌詞のとおりに通して演奏しようとするならば、福音書の部分は何らかの形で補わなくてはならない。そこで、福音書の部分を、朗読で済ませたり、全く新しく作曲したりと、研究者や作曲家によってこれまでさまざまな試みがなされてきた。
オランダのアムステルダム音楽院で古楽や作曲を学んだエスカンデ氏は、日本テレマン協会からマルコ受難曲復元の話を受け、この作業に臨んだ。その再構築版の特徴は、福音書の音楽を、バッハの他の楽曲を適宜利用しながら、エスカンデ氏が作曲したことだ。また、4声のコラール曲の和声も、通例の再構築版のようにバッハ自身が付けたものを使うのでなく、エスカンデ氏が施していることも特徴といえる。その意味では、今回再構築されたマルコ受難曲は、作曲家エスカンデ氏の色が強く出たものとなっている。
昨年4月に、兵庫県西宮市のカトリック夙川(しゅくがわ)教会で最初の演奏会が持たれ、日本初のマルコ受難曲の復元版ということで大きな反響を呼んだ。青木氏は、エスカンデ氏が復元作業に取り組んでいると聞き、自分も演奏したいと持ち掛け、今回、関西に続いて東京で初めての公演が実現した。
青木氏は次のように演奏会に向けての意欲を語る。
「バッハというと大作曲家というイメージがありますが、知られているのは一部の名曲に限られています。この機会に『こんな作品もあるのか』ということをぜひ知ってもらえれば。何かを感じてもらえる演奏会になるよう、仕上げていきたい」
青木氏が演奏をするときに最も大切にするのは楽譜だ。音を奏でる音符はもちろんのこと、音の強弱も「どうしてここでフォルテなのか」と、その意味を考えながら演奏することを大切にしていると話す。「意味をしっかり理解し、演奏することで、音楽が絵になり、記憶となって心に残るものになると思っています」。演奏会では、青木氏も指揮者としてだけでなく、アルト(カウンターテナー)としても出演する。
歌詞しか残されていない「マルコ受難曲」。青木氏とヨハネス・カントーレスの演奏によって、失われた名曲の姿に迫ることができるかもしれない。しかも開催日は、レントの期間であり、受難曲を聴くのに最もふさわしいといえるのではないだろうか。
演奏会は、4月1日(土)午後2時(開場同1時)から、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会(JR大久保駅徒歩1分・JR新大久保駅徒歩3分)で開催される。入場は一般2500円、学生1000円(当日のみ要学生証)。
問い合わせは、ヨハネス・カントーレス事務局(電話・FAX:03・3682・3870、メール:[email protected]、担当:渡辺)まで。チケットの取り扱いは、東京文化会館チケットサービス(電話:03・5685・0650)。