「筋痛性脳脊髄炎 / 慢性疲労症候群」(ME /CFS)という病気を知っているだろうか。中枢神経と免疫システムの深刻な調節障害、細胞のエネルギー代謝とイオン輸送の機能障害、心臓血管系の異常を伴う複雑な疾患だ。患者のほとんどが職を失い、通常の日常生活を送ることさえ困難になる病気だが、原因が特定されておらず、有効な治療法も発見されていない。
さまざまな苦しみの中にある現状を打開し、患者たちが安心して治療を受けられ、希望を持って生きられる環境づくりを目指すNPO法人「筋痛性脳脊髄炎の会」(通称・ME / CFSの会)の篠原三恵子理事長は、現在、国会請願署名活動や日本の重症患者の実態を描くドキュメンタリー映画の製作、今年10月に開催する国際シンポジウムの準備を進めており、広く支援を呼び掛けている。
ME / CFSの中核症状は、日常生活における最小限の活動や簡単な知的作業などによってさえ、急激に症状が悪化して身体が衰弱し、回復が非常に困難になるというもの。その他、睡眠障害、頭痛・筋肉痛、思考力・集中力低下、筋力低下、起立不耐性、体温調節障害、光・音・食物・化学物質などへの過敏性などの症状が長期にわたり持続し、通常の社会生活が送れなくなる。
世界保健機関(WHO)の国際疾病分類では神経系疾患と分類されており、日本国内にも約30万人の患者がいると推定されている。欧州やカナダでは「筋痛性脳脊髄炎」と呼ばれ、世界的には「筋痛性脳脊髄炎 / 慢性疲労症候群」と併記されることが多くなってきているが、日本では今でも「慢性疲労症候群」と、病気の重症度が伝わらない名称で呼ばれている。また、日本では診断を下せる医者が少ないことから、精神的な問題と扱われることが多く、周囲の理解を得られずに苦しんでいる患者が多くいるという。
同会の理事長を務める篠原さんも患者の1人だ。米国留学中の1990年に発症し、外出時に車椅子が必要になった96年に帰国。日本ではストレスが原因の疲労の病気ということになっていることに驚いた。
寝たきりに近い状態になってもなお、医療機関や行政から、精神的な問題であるかのように誤解され、差別的扱いを受け続けたという。2008年に初めて、国内の同じ病気の患者と出会い、皆が同じように困っているのを知った篠原さんは、何とかしなければと、10年に同会を発足させた。
これまで同会は、海外の最新情報を翻訳して小冊子を発行したり、海外のドキュメンタリー映画の上映会や医療講演会・シンポジウムを開催したりして、病気の啓発活動を行ってきた。また、医療制度や社会保障制度の確立と充実、病気の研究の推進を求めて、政府にも働き掛けてきた。
同会の働き掛けで、14年には厚生労働省の事業の一環として、患者の日常生活困難度調査が実施された。調査により、国内の患者のほとんどが職を失い、約3割は寝たきりに近いか、ほとんど家から出ることのできない重症患者であることなど、これまで知られていなかった患者の実態が明らかになった。
同会は現在、社会保障を受ける道を閉ざされ、経済的にも日常生活を送る上でも困窮している日本の重症患者の実態と問題点をクローズアップするドキュメンタリー映画の製作に取り組んでいる。完成は17年を予定している。
また、「神経内科の専門家が参画して研究を推進し、神経内科と神経内科に連携する診療科が全国で診療に当たる体制の確立」や「リツキシマブやアンプリジェンなどの治験を含む治療法開発の研究促進」を求めて、今年の臨時国会に請願を提出することを決め、署名の協力を呼び掛けている。
さらに、今年10月23日には、東京大学鉄門記念講堂(東京都文京区)で、「注目される神経内科領域の疾患:筋痛性脳脊髄炎 / 慢性疲労症候(ME / CFS)~ME / CFSも治療の時代へ~」と題した、医療関係者向けの国際学術シンポジウムを開催する計画で、現在、当日のボランティアを募集している。
米国から、ME / CFSの世界的権威である専門医など迎えて、最新の研究成果を聞き、日本の神経内科領域での研究促進を目指すとともに、診療に際して医療従事者のより深い理解を求めていくという。
カトリック信徒である篠原さんは、「寝たきりに近くなってから患者会を発足させることは無謀なことでした。でも、それを全てご存じのイエス様は、私を常に助け導いてくださっています」と話し、「どうか会のためにお祈りくださり、また、ボランティアや寄付で支えていただければと思います」と、支援を呼び掛ける。特に、「患者の多くは身体機能が非常に低下しているために、運営が困難を極めている」という、10月のシンポジウムに当日のボランティアを集めるのが今一番の課題だという。
ボランティア募集、ドキュメンタリー映画製作への募金、署名参加の詳細は、いずれも「筋痛性脳脊髄炎の会」のホームページまで。