在日本韓国YMCA(東京都千代田区)は16日、同団体のスペースYホールで、「えがきだせ!あなたの思い 受け継ぐ時代から創り伝える時代へ」と題し、創立110周年を記念するフォーラムを開催した。
このフォーラムの参加者ら80人(主催者発表)は、全てのユース(青年)と共に歩み、応援し、支えることを誓う「在日本韓国YMCA創立110周年ユース宣言」を採択した。(下記にその全文)
「在日本韓国YMCAは、日本社会で暮らすさまざまな課題を抱えるすべての方、特に差別や理不尽に苦しみ、小さくされているユースの声に耳を傾けようと思います。この声を日本社会に届け、共に生きていくことこそが多文化共生社会への道であると強く信じています」と同宣言には記されている。
そして同宣言は、「険しくとも希望に満ちたこの道をすべてのユースと共に歩み、応援し、支えることを誓い、創立110周年を迎える今日この日に在日本韓国YMCAユース宣言として宣言いたします」と結んでいる。
このフォーラムでは初めに、東京朝鮮YMCAの設立に始まる同YMCAの歴史をスライドで振り返った。
スライドには、同YMCAが民族の将来を担う青年の育成に力を注いだことや、日本による朝鮮に対する植民地支配、朝鮮3・1独立運動につながった2・8独立宣言文の宣布、会館の焼失と再建、子ども支援、日本の植民地支配からの解放後の働き、在日コリアン全体を対象とするさまざまな働き、在日コリアンの人権を守り差別と闘う活動、関西韓国YMCAの創立、在日本韓国YMCAをYMCAアジア青少年センターとして命名したことなどが盛り込まれていた。
さらにこのスライドでは、ホテルやスペースYの開館、和解と共生をスローガンとしたプログラム、創立100周年記念、3・1独立運動記念碑の設立、東エルサレムYMCAとの交流、東日本大震災被災者支援募金、創立110周年を迎えた新しい働き、留学生との交流、日韓ユース交流会などが紹介された。
「在日本韓国YMCAは多文化共生社会の実現を目指してこれからも歩みを続けていきます」と、このスライドは締めくくった。
開会に先立ってあいさつした在日本韓国YMCA総務の金秀男(キム・スナム)氏は、その冒頭で、「何はともあれ、熊本が気にかかります」と熊本で起きた地震に言及し、YMCAによる被災者救援活動への支援を参加者に呼び掛けた。
「在日コリアンの歩みとともに、在日本韓国YMCAは第2世紀も在日コリアン、そして増え続けております在日外国人、また社会的に弱い立場にされている人たちとともに歩むことを決意しました」と同総務は語り、「和解と共生。この働きを韓国と日本、そしてアジアから世界へと広げていこうと確認したわけでございます」と付け加えた。
日本社会には在日外国人が日本の人口の2パーセント近くを占めているといわれているとして、「これからますます外国にルーツを持つ人々の数は増えていくと思います」と語った。
「しかし、残念ながら、露骨なヘイトスピーチに表れておりますように、日本だけではなく世界中で外国人排除、あるいはマイノリティーに対する差別が激しくなっているように感じているのは、皆様も同じだと思います」と述べ、「現在、すでに世界は歴史的あるいは文化的、あるいは国籍が異なった人々が地域社会で共に生活する時代に入っております」と付け加えた。
そして、「私はまずこのことを災いとしてではなく恵みとして積極的に受け止めたいと思います。全ての人々が、神様の前で尊厳を等しくする存在として、真に平和で公正な社会形成に共にあずかることが必要だと思っております」と語り、「今回創立110周年を迎えるに当たりまして、このことを皆さんと共に分かち合いたいという願いをもって今回のフォーラムを開催することになりました」とその趣旨を説明。関係者への感謝の言葉を述べた。
最後に同総務は、「排除され、あるいは弱くされたそのような存在や、差別・偏見の対象になっている存在をあるがままに認め合い、その声に共感し得る社会を築いていこう、そのように考える機会となれば幸いです」と話した。
続いて行われた寸劇では、在日本韓国YMCAのスタッフが言葉の全く通じない相手に身振り手振りで「(在日本韓国)YMCA110(周年)」と伝える様子が演じられた。
また、その後には七つのグループや個人によるスピーチやピアノ弾き語り、ダンス、歌、寸劇によるメッセージコンテストが行われた。
最初にスピーチを行った朴成実(パク・ソンシル)さん(在日大韓基督教会東京緑州[オアシス]伝道所会員)は、中国の朝鮮族として育ち、日本に来て在日コリアンの男性と結婚し、娘が生まれたという生い立ちを、感情を込めて語った。そして、「私の子どもが大きくなった頃には、言葉や国境により差別されることがなく、また戦争などにより家族が不本意に離ればなれになることがないことをお祈りするばかりです」と結んだ。同伝道所は、日本にいる中国の朝鮮族の信徒たちの教会。
続いて在日韓国・朝鮮人の青年で在日韓国基督教会川崎教会員の裵秉冑(ペェ・ピョンヂュ)さんは「皆さん、夜空に浮かんでいる月を想像してください。月は欠けていてもそれなりに美しいし、満月であっても美しいし、それぞれの形によってそれぞれの良さがあると私は思っています。あれだけ遠い月がそのように思われているのに、われわれ人はなぜお互いの違いを認められないのだろうか」と語った。そしてその思いを込めて、ピアノによる弾き語りで「月」という題の自作による静かな歌を歌った。「満ちるときも、欠けてるときも、それぞれに美しいね」と裵さんは歌い終えた。
次に、ネパール出身の女性でラマ・ティリチさん(谷中キリスト教会員)が民族衣装に裸足で、ネパールのお祭りで踊るダンスを披露した。「地球に1人で生まれたのだから、何をするときでもうれしく生活をしましょう」という意味だと、ティリチさんは説明した。
また、ティリチさんを含む谷中キリスト教会青年部の8人が、ピアノの伴奏に合わせて、賛美歌「神の国と神の義をまず求めなさい」を日本語とネパール語で合唱した。
それから、在日コリアン3世で在日コリアン弁護士協会の金竜介さん、尹徹秀(ユン・チョルス)さん、リ・チミンさんの3人が寸劇を演じた。この寸劇では、娘のハンナさんが学校で使う名前を本名にするか通名にするかについて、両親が娘と話し合い、悩む家族が演じられた。
この寸劇の終わりに、父親役の俳優は、「どこのご家庭でも、自分の子どもが小学校に通うということになると、期待と喜び、不安もあると思います。それに加えてわれわれは、自分の子どもはどんな名前で通わせればいいか、そんなことで夫婦で悩みます。今私が言っていたような悩みを持っている人たちは大勢います。本質的には110年前から変わっていません。私はもうこういったことを次の世代には受け継がせたくない。あと100年待つことはできないです」と語り、「共に取り組んでいきたいと思います。よろしくお願いします」と訴えた。
そして、中国の朝鮮族で東京遠州(オアシス)伝道所の青年9人がスピーチと歌を披露した。そのうちの1人の男性は、留学生として来日し、牧師になって日本にいる中国の朝鮮族のために頑張っているという。「夢に向かって頑張りましょう。在日本韓国YMCA110周年おめでとうございます」と語った。
そしてこの9人は、故郷を想う朝鮮の歌「故郷の春」の合唱を、アコースティック・ギターの伴奏に合わせて朝鮮語で披露した。
最後に7番目のメッセージとして、ジャカルタから来たリビオ・ローレント・スカンディさん(インドネシア福音教会員)がスピーチをした。日本に来てから2年間、大学生になって、日本の文化や考え方、やり方などがだいぶ分かるようになったとスカンディさんは語った。
初めは言葉が分からなかったというスカンディさんは、「日本語は難しいか?」と日本人によく聞かれる問いに、いつも「好きこそものの上手なれ」と答えると語ると、客席から「おーっ」と歓声が聞こえた。「なぜ留学する気になったのか? それは日本が好きだからです」とスカンディさんは述べ、「好きであれば実行に移す。それが私のモットーです」と付け加えた。
スピーチの最後にスカンディさんは、日本人の若者に伝えたい言葉として、「怖いことや不安なことなど、どこでもあります。しかし、選択するのは私たちですから、他人に何かを言われても、気にしないで好きなことをやってください。『若い』という時間は多くはありませんから、楽しんで過ごしてください」と結んだ。
メッセージコンテストの第1部が終わった後、同YMCAの玄関前では、インドや朝鮮・韓国、中国、タイのエスニック料理が入ったお弁当が販売され、参加者たちはそれらに舌鼓を打った。
午後からはコンテストの表彰式が行われ、最優秀賞に入賞したリビオ・ローレント・スカンディさんには、賞品として北海道産のお米「ゆめぴりか」20キロが贈られた。「びっくりしています。これは私の力だけではありません。教会の先生が手伝ってくださったことと、神様から力をもらったと思います」と、スカンディさんは感想を語った。
優秀賞にはスピーチを行ったパク・ソンシルさんが選ばれ、JTBの旅行券2万円分と「ゆめぴりか」10キロ分が贈られた。また、審査員特別賞には谷中キリスト教会青年部が選ばれ、これからのYMCAユースを一緒に盛り上げてくれる人に持って帰ってもらおうと、軽井沢のゲストハウス宿泊券20人分が贈られた。さらに、会場賞にはスピーチと歌を披露した東京遠州伝道所が選ばれ、イチゴ8パックが贈られた。そして他の参加者には参加賞としてお米2キロが贈られた。
審査員長の才門勇介さんからは総評として、「YMCAという名前からもお分かりのように、ユースに訴え掛けていただきたく、ユースの皆さんで盛り上げていただきたいという部分があるので、そういうところを選考基準とさせていただいた」と語った。
最後に、李清吉(イ・チョンギル)理事長があいさつし、感謝の言葉を述べた。「この次に期待しながら、皆さんと共に会うことを期待する」と語るとともに、4月25日(月)午前11時から在日本韓国YMCAの創立110周年記念式典が行われると述べ、「覚えて祈りと協力をお願いします」と訴えた。
なお、受付には熊本YMCAと日本YMCA同盟による、熊本地震の被災者支援のための献金箱が置かれていた。
「在日本韓国YMCA創立110周年ユース宣言」の全文は下記の通り。
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在日本韓国YMCA創立110周年ユース宣言
異国の地にて創立された在日本韓国YMCAは、110周年を迎えました。
110年という長い期間を乗り越え、今日も存在し続けるということは、
多くの方の賛同、支援、尊い奉仕の精神があったからに他なりません。
1906年4月25日、
祖国の未来を信じ、日本の地で学んだキリスト青年たちの小さな一歩は、
単に、韓国のYMCAが日本に創られたという意味を超越し、
激動・艱難(かんなん)の日本社会で生きるすべての人とともに
「在日」という一つの価値観を見出すこととなりました。
今日、「在日」という言葉は、
在日コリアンのためのものだけではありません。
日本人を含めたすべての人のためのことばです。
このことばは、この日本という国に暮らす、いるということだけでなく、
社会に暮らす一人の人間として、多様性の一部であることを意味しているのです。
それは、個性、自分らしさと言い換えられるものです。
これらを創りあげる時間こそが、ユースとしての時間・年代です。
多くのことを学ぶとともに、自らと向き合い、社会と向き合い、
悩みと苦しみの中に希望を見出しながら歩むこの時間こそが、
私たち一人ひとりの個性を実らせるための尊く、かけがえのない時間です。
今、この時間を持てない人、失ってしまう人がいます。
在日本韓国YMCAは、
日本社会で暮らすさまざまな課題を抱えるすべての方、
特に差別や理不尽に苦しみ、小さくされているユースの声に耳を傾けようと思います。
この声を日本社会に届け、共に生きていくことこそが
多文化共生社会への道であると強く信じています。
険しくとも希望に満ちたこの道をすべてのユースと共に歩み、応援し、支えることを誓い、
創立110周年を迎える今日この日に
在日本韓国YMCAユース宣言として宣言いたします。
2016年4月16日
※なお、この宣言の原文では、全ての漢字にふりがながつけられている。