バロック期のイタリアを代表する画家グエルチーノ(1591~1666、本名:ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ)の作品を、日本で初めて本格的に紹介する展覧会が、東京・上野の国立西洋美術館で開催されている。グエルチーノの作品に加え、同時期に活躍した画家の作品も含め、全44点の油彩・フレスコ画が展示されている。実際に今も大聖堂で飾られているものや、2、3メートルにも及ぶ巨大なものも多く、非常に質の高い美術展となっている。
イタリア美術史における最も著名な画家として数えられるグエルチーノ。日本ではまだそれほど広く知られてるわけではないが、今回の展覧会でその全貌が明かされる。バロック美術の特徴は、表現の分かりやすさや、見る人の信仰心や感情をかき立てることにあり、グエルチーノの作品も、誰が見ても分かりやすい構図となっている。また、今回の展示では、年代によって変化していくグエルチーノの画風も見どころの一つ。
展示は、年代順に5部に分かれて構成されている。1部の「名声を求めて」では、グエルチーノの画風が形成される頃の作品を展示。「聖母子と雀(スズメ)」に描かれている聖母は優しい母親の顔であり、見る者に共感を与える。2部の「才能の開花」では、カトリック教会の威光を取り戻すことを一つの使命としていた当時の宗教絵画の特徴を見ることができる。
3部の「芸術の都ローマとの出会い」になると、画風の変化が表れてくる。2部までは天から直接差し込む強い光が描かれているが、3部では窓ガラスを通しての柔らかい光に変わっている。今にも飛び出さんばかりの動きのある描写から、重心がしっかりした静かな描写へと変化している。
4・5部では、グエルチーノと同時期に活躍した画家、グイド・レーニ(1575~1642)の作品との比較が楽しめる。理想的な美しさを追求したレーニと比べ、人間味溢れる人物像を描いたグエルチーノ。その違いは女性像を通して明確に表れている。また、国立西洋美術館が所蔵する「ゴリアテの首をもつダヴィデ」も、このセクションで見ることができる。
同館は、グエルチーノの傑作の一つである「ゴリアテの首をもつダヴィデ」を、1998年にロンドンの画商から手に入れた。日本でグエルチーノの絵を所蔵しているのは同館だけだ。主任研究員の渡辺晋輔氏は、「この絵があるからこそ、当館でグエルチーノ展を開催する価値がある」と話す。
実は今回、数百年前の貴重な絵画を海外の美術館から大々的に貸りることができたのは、2012年5月にイタリア・チェントを襲った大地震が影響している。グエルチーノの作品を多く所蔵するチェント市立絵画館が壊滅的な被害を被ったことで、被災した絵画を地震のシンボルとして貸し出すことになったのだ。日本では、国立西洋美術館が「ゴリアテの首をもつダヴィデ」を所蔵していたことから、展示会場に選ばれたという。
だが、グエルチーノが生きた17世紀のイタリア美術を特集し、日本の多くの人に鑑賞してもらうのはなかなか難しいという。理由は、400年前の人々を感動させた絵画を、現代人がなかなか理解できないからだ。
確かに、展示中の「聖母被昇天」は、下から見上げると浮き出てくるように工夫されている。こうした技法は現代では特別なことではないが、当時の人が見たときにどれほどの驚きがあっただろうか。また、きらびやかなイルミネーションになじみがない当時の人が、色彩豊か衣装絵を見たとき、どのくらい感動しただろうか。こうしたことに気付くことが、当時の絵画を見る上での大きなポイントだという。
渡辺氏は、「グエルチーノの絵を見た当時の人々が、何を思い、驚き、感動したのかを考えてみてほしい」と語る。当時の人が見た同じ絵の前に立ち、「分かる・分からないではなく、分かろうと努め、想像してみることによって共感できる」と話した。
イタリアで大地震があったこと、国立西洋美術館が日本で唯一グエルチーノの作品を所蔵していたこと。この2つの接点から、開催の運びとなった今回のグエルチーノ展。この機会にぜひ足を運び、17世紀の人々の信仰を思いながら、グエルチーノの世界に浸ってほしい。
「グエルチーノ展 よみがえるバロック画家」は、国立西洋美術館(東京都台東区上野公園7-7)で5月31日(日)まで開催。開館時間は、午前9時半~午後5時半(金曜は午後8時)。入場は閉館の30分前まで。休館日は月曜(ただし、5月4日、18日は開館)。問い合わせは、専用ハローダイヤル(03・5777・8600)。詳細は、同展特設サイト、または同館公式サイトまで。