“Managing Grief after Disaster Disaster”
「災害後の悲嘆(グリーフ)の理解と対応」
M. Katherine Shear M.D. (キャサリン・シアー 医師)
Director, Complicated Grief Program (複雑性悲嘆プログラム 責任者)
Marion E. Kenworthy Professor of Psychiatry (精神医学教授)
Columbia University School of Social Work (コロンビア大学大学院社会福祉学研究科)
Columbia University College of Physicians and Surgeons(コロンビア大学医学部)
日本語訳:福島喜代子、田副真美、ジャン・プレゲンズ (ルーテル学院大学)
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災害によって多くの人が、突然、配偶者、子供、両親、親友、あるいは同僚を失い、死別を体験します。災害の直後は、被災者によっては、無感覚、あるいは、喪失を受け入れられない、と感じます。多くの人が大きなショックを受け、喪失感、不安、うつ的な感情を経験します。身体的な不快な症状はごく一般的 (1-2) です。多くの人にとって、喪失による痛みは、強く、情け容赦ないものです。
このような感情的・身体的反応は、非常に強いもので、特に、なじみがなく、予期していなかったものであればあるほど、その感情的・身体的反応自体がさらに心的外傷となることもあります。これらの二次的反応は、喪失で引き起こされた痛みをさらに増幅してしまうこともあります。しかし、これらの反応は、悲嘆(グリーフ)とストレス反応の情報を得ることによって、緩和することもできます。強く、かつ、なじみのないこれらの感情は、全く正常であり、長期間にわたっての精神的な安定や健康を損なうことを意味しているわけではない、ということ知ることはとても重要なことです。
悲嘆(グリーフ)は、普遍的なものであり、かつ難しいものです。普段、災害など関係のない平和なときでも、毎年、何百万人もの人が、友人と家族を置いて、死に別れていきます。死別を体験した人は、死別体験の直後には、感覚の麻痺、あるいは強い痛みを経験するかもしれません。たいていの場合、これらの初期反応は、時間と共にやわらいでいきます。
そして、死別を経験した人は、再び日常生活を取り戻し、人生を歩んでいきます。しかし、一般的に、死別を経験した人はより長期的に、精神的・身体的な健康課題にさらされる危険性が高いことが研究により明らかになっています。継続的な支援を提供し、悲嘆(グリーフ)の結果をモニターし、そして、専門家による治療が役立つ場合があることを知ることは役に立ちます。
死別体験は非常に普遍的なものなので、悲嘆(グリーフ)の過程、死別による疾病や課題の分類学の開発、危険因子の特定、あるいは治療や支援についての研究はこれまで非常に限られたものでした。以下の情報は、すでに明らかになっていることと、現在研究がすすめられていることをまとめたものです。
悲嘆(グリーフ) の過程
悲嘆(グリーフ)の過程は、理解が深められてきており、いくつか測定尺度が開発され、複数の対象人口の間で、一貫した測定結果が得られています。これらの測定尺度は、the Texas Revised Inventory of Grief (3), Core Bereavement Items (4),Criteria for Complicated Grief Disorder (5), the Inventory of Complicated Grief (6)です。すべての年代や死別の状況、死別を経験した人の置かれていた状況をカバーした研究はほとんど存在しません。多くの研究は、高齢者あるいは配偶者を亡くした女性を研究対象としたものです。しかし、子どもの死別を経験した親、HIV 患者の死別を経験した友人やパートナー、暴力による1子どもの死別を経験した親、そして戦闘経験のある兵士についての研究は存在します。若い世代、特に男性は、同じ年令と性別のコントロール群と比較して、悲嘆を起因とする合併症に対して、リスクが最も高いことが明らかにされつつあります(7-8)。
Stroebe らによる研究では、今後必要とされる研究のモデルを示しています(2)。Stroebe らは、配偶者の死別を経験した、退職後世代の女性と男性を、配偶者の死別を経験していない夫婦による比較対象群と比較しました。配偶者の死別後、4~7 カ月、さらに、14 カ月後と2 年後にインタビュー調査を行っています。女性の場合は、調査に参加した女性のほうが、参加しなかった女性と比較して、うつ症状が重いという結果が明らかになりました。その一方、男性の場合は、その逆の結果となりました。
悲嘆に関するほとんどの研究では、母集団と比較して、3分の1程度の者からしか、任意による調査への参加が得られていないということを理解し、悲嘆(グリーフ)に関する研究結果を理解する必要があります。これらのことを踏まえた上でも、死別を経験した後6-12 か月では、比較対照群と比べて、死別の経験をした者は、うつ症状が重いという結果が一貫して得られています。うつ症状が軽度の者の大半は、2 年目までに改善します。しかしながら、臨床的にうつ病であると診断し得る者(約20%)はうつ症状が残ります。身体的症状の有無では、比較対照群と比較して、初期の6 カ月で10 倍多く報告され、2 年すぎてもなお、4 倍多く報告されています。
暴力的な死別体験2については、あまり研究がすすめられていません。しかし、数少ない研究から、これらのケースでは、症状や損傷はより長く、事実を受けとめる感覚がより少ないことが一貫して明らかにされています(9)。大学生の女性を対象とした研究では、暴力的な死別を経験した人では、襲撃を経験した人と同様の症状と損傷を有していたことが明らかにされています(10)。Pivar による博士論文研究では、70%の退役軍人に悲嘆の症状があることが明らかにされ、これらの症状は、PTSD やうつ症状とは異なるものであることが明らかにされています(11)。これらのことから、突然の暴力的な死による死別体験は、非常に激しいストレス要因であることが示唆されます。多くの人は、専門的な治療や介入を得ずに、対処する方法を見いだしていきますが、熟練した専門家による助力は、災害の結果生じる病気や症状を減少させ、死亡率の減少にさえ影響を与えるかもしれません。 そのような支援を提供するために、専門家は、悲嘆(グリーフ)の知識と、開発がなされた上で調査研究による検討のなされた治療や支援の戦略を知る必要があります。
悲嘆(グリーフ) の経験
悲嘆(グリーフ)は、私たちが身近な人の喪失に適応していく過程です。 したがって、悲嘆(グリーフ)は、愛情や愛着に必然的に付随してくるものです。私たちが愛する人の命は、何千もの、大小さまざまな糸で、私たち自身の人生と織り合わされています。特に、身近な家族は、安らぎや、安全、幸せ、行動等への肯定的評価を与えてくれます。内分泌の機能は、ある特定の人との関わりで促されたりします。そのような状態にあるとき、相手を失うと、生理的な適応が可能となるには、一定の期間が必要となります。愛する人の死を経験することは、全ての人に、孤独感や悲しみ、傷つきやすさを生じさせます。身近な人の死は、自分の死を想像することを可能にし、死への恐怖を喚起します。身近な人の死の経験は、鋭い死別の苦悩をもたらし、死亡率は高まる傾向にあります。身近な人との死別は、生き残った者に強い罪悪感を引き起こすこともあり、また、亡くなった人を救うことができなかったことや、その人の死がより安らかなものにできなかったかなどについて罪悪感をもたらすこともあります。
悲嘆(グリーフ)は、人によってさまざまに異なるものですが、共通点もみられます。初期において、死別を経験した人は、亡くなった人に会うことを切望したり、その人を捜し求める気持ちにとらわれ続けたりします。悲嘆(グリーフ)を経験する間、ほとんどの人は、世俗から離れ、ひきこもり、多くの場合、亡くなった人との関係を思い起こしては、良かったことや良くなかった考えや気持ちを含めて思い返します。また、多くの場合、人は亡くなった人との関係が、自分の人生に持つ意味を思い返します。悲嘆(グリーフ)は、しばしば苦痛に満ちた感情を伴い、その感情が非常に強く、しつこく継続することもあります。親しい友人や、家族の死を経験すると、ほとんどの場合、強い悲しみと孤独感がもたらされます。また、恐怖や不安がもたらされることもごく一般的なことです。恨みや怒り、罪悪感のような、抱えるのが困難な気持ちが起こることもあります。親しい友人や家族の喪失体験の後に、このような感情が起こることは、全く正常なことです。
友人や家族がいない人生への適応が進むと、悲嘆(グリーフ)の強さはおさまってきます。死別を経験した人は、亡くなった人の死を受け入れ、その人との良い思い出から、何らかの安らぎを感じるようになります。そして、亡くなった人と永続的につながっている感覚を確立していきます。亡くなった人との親しい関係を維持したまま、また、亡くなった人との思い出を大切にしたまま、人生におけるさまざまな活動を行ったり、新しい人との関係を築いていったりすることも可能となります。ただし、このような適応が可能となる期間は、人によってさまざまです。これは、亡くなった状況、亡くなった方の特徴、そして、亡くなった方と死別を経験している人との関係の質などに影響を受け、異なります。場合によっては、激しい悲嘆(グリーフ)の気持ちが何カ月も、あるいは、何年も持続することもあります。不快なイメージがよみがえり、嫌な考えが割り込んできて、いやされる過程を阻害し、死は容認できることではなく、かつ、不公平であるというような感覚が起きることもあります。死別体験への対処が非常に難しい一部の人にとっては、悲嘆(グリーフ)は残された関係のすべてであるかのように感じられることもあります。また、悲嘆(グリーフ)の強さが弱まってくることが、亡くなった人への裏切りのように感じてしまうこともあります。また、強い罪悪感が継続する人もいます。死別の体験が突然であったり、暴力的であったり、早すぎるような場合、死別された人は、他の困難な課題に直面することになることも少なくありません。対処することができないほどに強い、かつ/あるいは継続的な悲嘆(グリーフ)の症状があるとき、これをTraumatic Grief (外傷性悲嘆)と呼びます。
Traumatic Grief (外傷性悲嘆)
愛する人との死別体験による悲嘆(グリーフ)は、必然的に精神的な機能を低下させます。悲嘆(グリーフ)そのものは、愛する人の喪失や、愛する人がいなくなったことに対して感情や認知(考え)が適応していく過程における、正常な反応であることは、よく理解されるべきです。しかし、人によっては、悲嘆(グリーフ)があまりにも強く、圧倒されるほどであるか、長すぎて、健康でいられないことがあります。このような状態はさまざまな理由から起こります。亡くなった人と死別体験をした人との関係は、非常に親しいものであるか、あるいは大変複雑なものであることもあります。亡くなった状況が、突然のもの、あるいは、心的外傷を伴うようなものであったかもしれません。例えば、事故、災害、あるいは病気のためのものです。また、死別を体験して悲嘆している人が、悲嘆(グリーフ)の過程に役立つ対処技能を持たず、あるいは、社会的なサポートが得られないかもしれません。このような状況にある場合には、悲嘆(グリーフ)を取り除くために、専門家の助けや専門のカウンセリングを受けることがすすめられます。
悲嘆(グリーフ)が、健康を害するほど長続きするか、またはそれが圧倒されるほどの強さであるとき、Traumatic Grief(外傷性悲嘆)の診断は適切かもしれません。ここでは、身体的な疾病を類似例としてあげて説明すると良いかもしれません。疾病は人の特性ではありません。それは、ある特定の時点における、その人のおかれている状態のことを指します。多くの疾病は治療が可能です。別の例としては、急なケガにあてはめて説明することができます。ケガをすると、多かれ少なかれ誰もが障害を負う可能性があります。ケガでも、タイプによっては、非常に深刻なもので、常に障害をもたらしてしまうものもあります。このような類似例から、事故や災害、身近な人の突然の死の結果、Traumatic Grief(外傷性悲嘆)を経験することは、全く正常なことであるとわかるかと思います。また、結核菌にさらされると、結核を発症することが正常なことであり、足を骨折すると、歩くことができないのが正常であることと同じように理解することもできます。このようなことから、人それぞれの症状を診断し、治療することが望ましいことは明らかです。例えば、肺炎の人に「落ち着いて」あるいは「がんばり続けましょう」、などと言う人はいないでしょう。また、骨折した人、あるいは、深い外傷のある人に対して、そのような状態からの回復は、自然になされるはずと期待する人はいないでしょう。診断名をつける、ということは、レッテルを貼るような面があり、誤った用い方は害となることもありますが、診断名をつけることが役立つ場合もあります。病気の状態にある人は、「病人の役割」をとり、治療を受ける必要があります。病気の人は、家族と友人からのサポートと支援がなされると助かります。それと同じように、訓練された専門家による治療を受けることも役に立つことがあります。
Traumatic Grief(外傷性悲嘆)の症状を以下に記します(6)。診断基準は現在、検証されているところで、これらの状態に対する治療方法の開発も進行中です。
外傷性悲嘆の症状
◆ 亡くなった人のことで頭がいっぱいである
◆ 亡くなった人と同じ部位が痛む
◆ 思い出が不快である
◆ 死を思い出させるものごとを避けてしまう
◆ 死は容認できない
◆ 人生は空っぽであると感じる
◆ 亡くなった人と会いたくて仕方がない
◆ 亡くなった人の声が聞こえる
◆ 亡くなった人と関わる場所や物に引き込まれる
◆ 亡くなった人を見かける
◆ 死に対する怒り
◆ 自分だけ生き続けるのは不公平であると感じる
◆ 死に対する不信感
◆ 死を苦々しく感じる
◆ 茫然とする、あるいはぼーっとしている
◆ 他の人がねたましい
◆ 他の人を信じることが難しい
◆ たいていの時間、孤独を感じる
◆ 他の人を気にかけることが難しい
Traumatic Grief (外傷性悲嘆)は、他の精神医学的、医学的、あるいは、行動の問題を生じさせることがあります。これらが生じると、悲嘆がより複雑なものとなってしてしまうことがあります。上記のような外傷性悲嘆の症状は、一般に治療可能であり、専門家及び、死別を経験した本人によって認識される必要があります。
死別体験のもたらす好ましくない結果
死別の体験は、さまざまな精神的・身体的な健康問題の危険因子です。死別体験のもたらす好ましくない結果には以下のようなものがあげられます。
◆ 悲嘆(グリーフ)、あるいは、外傷性悲嘆の長期化
◆ 大うつ病性障害の発症あるいは再発
◆ パニック障害、あるいは、その他の不安障害の発症あるいは再発
◆ PTSD(外傷後ストレス障害)発症への脆弱性が増加する可能性
◆ アルコールや薬物の乱用
◆ 喫煙、栄養不良、運動不足
◆ 希死念虜(自殺への継続的考え)
◆ 健康上の問題の発症あるいは憎悪、特に心臓血管や免疫機能の不全
【論文】「災害後の悲嘆(グリーフ)の理解と対応」(2)
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