死別の体験が複雑化する(複雑性悲嘆となる) 危険因子
危険因子とは、複雑性悲嘆への脆弱性を増加させる要素で、回復をさまたげる傾向のあるものごとです。これまでの研究で、危険因子は、個人の特性、亡くなった人との関係の質、亡くなった状況、および悲嘆からの回復(グリーフワーク)がなされる社会的環境に関連することが示されてきています。危険因子の一部は、死別体験を経験している人の置かれている、大きな社会環境のレベルに関係するものであり、一方、危険因子の一部は、死別体験をしている個人の固有の生育歴や背景に関係しています。このように、個人的及び社会的な要素の双方が死別を経験した人の苦悩のレベルを上げるので、死別体験をした人に関わる専門家は、死別体験をしている人の個々の状況を認識することが非常に大切となります。
これまでに明らかとされている危険因子は以下のようなものです。
1 個人の属性
1)社会的経済的状態
社会経済的な状態の低さは、一般に、健康状態の悪さに関連します。 死別の体験は、社会経済的な状態にかかわら
ず、人々に同じような影響を与えるように見えます。
年齢 : 一般に、死別の体験は、年齢が低いほど、より強いストレスをもたらすようです。ただし、高齢者はその例外となります。高齢者一人ひとりがどのように死別体験の影響をうけるかと、高齢者一般がどのように死別体験の影響を受けるかには差異があります。これは、高齢者個人がもともと抱えている健康上の問題とも関連しているようです。
性別 : 女性よりは、男性のほうが、特に配偶者との死別を体験した男性のほうが、死別体験によって、悲嘆に関係する健康上の問題が生じやすいという研究結果が示されています。男性も女性も、近親者との死別経験によって非常に強い影響を受けますが、子どもの死は、父親よりも母親に困難をもたらすことが多いようです。また、男性と比べて、女性のほうが、死別体験の影響を認識しやすいようですが、男性と女性では、死別体験への対処の仕方が異なるようです。
2) 個人的特性
全般に、神経症的な性質を持つとされる人は、より多くの健康上の問題を抱えがちです。一般に、自分の行動を統制する所在が自己にある(自分自身の行動とその結果は自分で統制できる)と考える内的統制の低い者は、うつ病と関連があるとされています。死別体験に関しては、これらは特に関連がみられないようです。むしろ、悲嘆に関する苦悩に関しては、内的統制が高いことが緩衝剤として機能しません。事例研究からは、輪廻転生(死んだ後、生がもたらされこの世に還ってくる)についての信念は、保護的な働きをもたらすことが示唆されています。しかし、このような信念は、調査による検証では、保護的な機能が見られませんでした(Stroebe & Stroebe、1987)。死に関する罪悪感や罪業意識は、外傷性悲嘆に影響を与えるかもしれません。
3) 死別した者との関係の質
悲嘆の困難性という面においては、死別をした人との関係の質は、男性と女性とでは、異なる影響があるようです。配偶者との関係が良好であればあるほど、女性は、より悲嘆に関連する問題を抱える傾向があります。一方、男性では、反対の結果がみられます。一般に、臨床的な知見では、死別した者との関係に、両価性や、問題があればあるほど、死別体験によって問題が生じるとされてきましたが、調査によるデータはそれを支持していません。特に明確にされているのは、非常に強い、良好な関係がある人との死別の体験が、一部の人に、非常に困難な悲嘆反応をもたらすことです。
2 死亡の状況
驚くまでもなく、突然もたらされる死別体験のほうが、当初の6カ月間において、より強い悲嘆の症状をもたらします。研究によっては、死別した人の死亡が突然であったか否かの違いは、後のインタビュー時における状況にも影響を与えていました。一方、そのような差異がみられなかった研究結果もあります。
若い、配偶者との死別を体験した者で、ローカスオブコントロール尺度のスコアが低い者(自分自身の行動とその結果は自分で統制できると考える内的統制の低い者)は、悲嘆の困難を抱える傾向が強いことが示唆されています。
いくつかの研究によると、突然の、暴力的な死別3を体験した者は、その後何年にもわたって苦悩が継続することがあると明らかにされています。複数の死別の体験や、死の目撃(特に子どもが死を目撃した場合)は、悲嘆(グリーフ)の強さに影響を与えると明らかにされています。
無力感やパワーが失われた感覚、生き残った罪悪感、自分の生活への脅威、大規模でショッキングな死に接すること、
自分が信じていた世界の安全性や意味が裏切られたことなどは、悲嘆(グリーフ)から立ち直る力に影響を与えるトラウマ的な要素です。9.11 のWTCへのテロリスト攻撃によって、死別を体験した者の多くが、治療可能な精神的な疾患を長期間にわたり抱えた可能性があることは明確です。専門家は、このような可能性について注意深くなければなりません。
3 社会環境
一般に、うつ症状は、認知された、あるいは、実際に提供されたソーシャルサポート(社会的支援)に関係しているとされています(受けたソーシャルサポートが多いほど、うつ症状は軽いとされます)。しかし、死別の体験からもたらされる結果については、ソーシャルサポートを受けた程度は、関係がないようです。このとき、死別を体験した人は、他人が、自分の体験への共感力に欠けており、また、悲嘆に伴うさまざまな症状について他人が批判的であるようにしばしば認識する、ということを理解しておくことが大切です。このような認識の仕方は、おそらく、より強い悲嘆反応をもたらすと思われますが、このことについての研究はなされていません。しかしながら、一般的には、ソーシャルサポートと、家族機能の良好さ、そして、悲嘆(グリーフ)に伴う感情表現の機会があることは、死別体験の否定的な結果を緩和するに違いないと思われます。
死別を体験した者への治療や支援
死別体験をした人のサポートグループや、グリーフ・カウンセリングは、広く行われているものの、実にさまざまで、質が均一化されているとはいえません。サポートグループやグリーフ・カウンセリングの効果については、ほとんど調査研究結果がありません。
悲嘆(グリーフ)の初期において、死について直面すること(このことがグリーフワークとも呼ばれています)の重要性については議論があります。ある研究(2)では、研究者らは、研究の参加者が死別の体験にどれだけ直面したか、あるいは避けたかについて、算定する尺度を開発し、その尺度のスコアを、後の悲嘆反応の結果を予測する変数としました。その結果、配偶者と死別した女性の場合、当初のスコアが低くとも、悲嘆反応の結果に影響はありませんでした。一方、配偶者と死別した男性の場合は、当初のスコアが低いほど、後の悲嘆反応の結果が悪くなりました。死別の体験後、ひと月以内に大うつ病性障害の発症があった場合には、予後の悪さが予測されるとする研究もあります。特に、これは、自死による死別を経験した個人にあてはまります(12)。
言うまでもなく、親密な関係にある人との死別の体験は、永遠に、死別を経験した人に影響を与えます。そのような喪失体験からの回復や、喪失体験の解決は可能だ、と思うことは、妥当ではありません。喪失体験は、永久のものであり、死別を体験した者に、永続的な影響を与えます。それでも、死別を経験した人が、最終的には、人生に関心を持ち、日常生活を営み、そして、亡くなった人についての心地よい思い出を持つにいたるということは、とても重要なことであり、可能です。Weiss (13) は私たちが死別を体験した人に対して持てる合理的な期待をリスト化しています。 死別を経験した人は、いつかは、以下のようなものを持つことが可能となります。
◆ 日常生活を続けるエネルギーを持つ能力
◆ 心理的な安らぎ、または、痛みや苦悩からの解放
◆ 人生への満足感やありがたみを感じる力
◆ 将来への希望
◆ さまざまな社会的役割を持ち、適切に機能する力
専門家の役割 : 災害後、初期の段階における、悲嘆に関する専門家の役割
突然の、そして、暴力的な死別4体験の後でさえ、多くの人は、悲嘆の体験に成功することがデータからも示されています。しかし、初期の過程には時間がかかることがあります。多くの人は、悲嘆(グリーフ)は個人的な体験であると考えているため、悲嘆(グリーフ)のために精神医療保健福祉の専門家に助けを求めようとは思いません。しかし、死別の体験が突然で、暴力的なものであるとき、感じる感情の強さは、脅威を感じるほどのものであることもあり、他者からの支援や、専門家の介入の必要性は、より大きくなります。それに対して、専門家は、支持的な、技能のある介入を提供する必要があります。 そのような介入に求められる要素は
1.悲嘆(グリーフ) 、悲嘆の症状、悲嘆の過程、および合併症に関する情報の提供
2.個々の人の苦悩の質や程度の評価
3.問題を同定することと、具体的な問題解決の手助け
4.激しい感情とつきあい、対応するための方法の提供
5.死について考えることが、感情の解決に結びつくように、手助けすること
感情表出をもたらすような介入は、高度な専門性を持つ者によって、慎重に用いられる必要があります。そのような介入は、感情を抑えることと、癒しをもたらすことのバランスのとれたものである必要があります。死別を体験した初期は、死について考えるための情報や方法を提供することは、非常に役に立ちます。必要な時には、専門家がフォローアップを行うことができ、相談やサポートを提供し続けることができることが、最も良い方法となります。
Prigerson とJacobs (14) は、医師が患者の死後、家族と対話するときの「してよい・すべからず」のリストを提供しています。 これらは、役に立つかもしれません。
「してよい」こと
1.共感の直接的な表現
2.死別を経験した人が体験していることは、正確にはわからないということを認める発言
3.亡くなった方の名前を呼びながら、亡くなった方について話すこと
4.死の状況について質問があるかを問うこと
5.死別の体験についてどのように感じているか、あるいは、どのような影響を与えているかを尋ねること
「すべからず」なこと
1.受け身あるいは無頓着な態度
(例えば、「いつでも電話してください」あるいは、「ご機嫌いかがですか?」などと言わないように。)
2.死は誰にでも訪れるもの、とか、当人にとって最良のことであった、などと言う
(例えば、「亡くなった人は、より良い場所にいきました」とか、「神のご意志です」などと言わないように)。
3.死別を体験した人が、精神的に強く、この体験を乗り越えることができる、などという決めつけ
4.死についての話題を避けたり、亡くなった人のことを話題にするのを避けたりすること
いくら、悲嘆(グリーフ)が個人的な体験であるとはいえ、また、さまざまな過程を得るものであるとはいえ、いつかは解決するものであるとしても、日常的な活動への再参加を妨げるほど、強く、長引く、悲嘆(グリーフ)となる状況はあります。
このようなことが起こるとき、専門家による集中的な介入(支援)が必要であるかもしれません。死別による体験が長引き、他の精神的な問題、特に抑うつ、あるいは不安症状をもたらすことはよく知られています。したがって、死別を体験した人がこれまでに示したような危険因子を示している場合には、専門家による治療や支援が特に重要となるかもしれません。
死別体験の複雑化に対する治療戦略
治療は、患者が経験している症状をターゲットにするべきです。死別を体験した人が、大うつ病性障害を発症している場合には、抗うつ剤による薬物療法、かつ/または精神療法が、死別体験をしていない人で大うつ病性障害を患っている人と同様に効果があることは、非常に明確になっています。死別の体験後、ひと月以内に大うつ病性障害の治療を受けることは、非常に効果的であり、かつ、後の症状の悪化を予防するかもしれないことが、いくつかの研究によって示唆されています。同様に、PTSD の診断基準を満たす人に対しては、他のPTSD 患者と同様の治療がなされることは合理的な判断です。
死別体験の後、最も一般的な問題は、心的外傷性の悲嘆(グリーフ)反応に関するものです。Shear らによって開発された、複雑性悲嘆の治療法(CGT)の有効性は、研究によっても支持されています。CGT は、個別のうつ病に対する精神療法と、PTSD 症状及び喪失体験特有の認知をターゲットにした技法を統合したものです。その効果は、試行的実践研究、及び、RCT(無作為試験)による標準的な個人向け精神療法とCGTとの比較研究でも明らかにされています(15-16)5。
この他、悲嘆(グリーフ)のための初期介入の研究では、悲嘆の症状の減少が報告されており、サポートグループは、精神療法と等しい効力を持つとの結果が報告されています。また、「guided mourning」と呼ばれる行動療法についての初期の研究から、この療法が有益な効果をもたらしていることがと示唆されます。ただし、この研究では、悲嘆(グリーフ)の尺度は測定されませんでした。
外傷性悲嘆の症状に悩まされる人には、薬物療法も役立つでしょう。うつ病やPTSD のように、セロトニンを活性化させる薬物療法が何らかの効果をもたらせているようです(17)。これまでの研究を踏まえて、専門家が、効果をあるとされる技術の用い方を学ぶことが重要です。
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References
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2. Stroebe, W. & Stroebe, M. (1993): Determinants of adjustment to bereavement in younger widows and widowers. In
Stroebe, M., Stroebe, W., & Hansson, R. O. (Eds.), Handbook of bereavement: Theory, research and intervention.(pp.
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3. Faschingbauer, T.R., Zisook, S., & Devaul, R. (1987). The Texas Revised Inventory of Grief. In S. Zisook (Ed.),
Biopsychosocial Aspects of Bereavement. Washington DC: American Psychiatric Press.
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8. Stroebe, M.S., & Stroebe, W. (1983). Who suffers more? Sex differences in health risks of the widowed. Psychological
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9. Murphy, S. A. (2000). The use of research findings in bereavement programs: A case study. Death Studies, 24(7),
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10. Green, B. L., Krupnick, J. L., Stockton, P., Goodman, L., Corcoran, C., & Petty, R. (2001). Psychological outcomes
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11. Pivar, I. L. (2000). Measuring unresolved grief in combat veterans with PTSD. Dissertation Abstracts International:
Section B: The Sciences and Engineering, 61(6-B), 3288-3288. (Electronic; Print) Retrieved from www.csa.com.
(2000-95024-167)
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13. Weiss, R. S. (1993). Loss and recovery. In M. S. Stroebe, W. Stroebe & R. O. Hansson (Eds.), Handbook of bereavement:
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14. Prigerson, H. G., & Jacobs, S. C. (2001). Caring for bereaved patients: "all the doctors just suddenly go.". JAMA:
Journal of the American Medical Association, 286(11), 1369-1375. doi:10.1001/jama.286.11.1369
15. Shear, M. K., Frank, E., Foa, E., Cherry, C., Reynolds, C. F., Vander Bilt, J., & Masters, S. (2001). Traumatic grief
treatment: A pilot study. American Journal of Psychiatry, 158(9), 1506-1508. doi:10.1176/appi.ajp.158.9.1506
16. Shear, K., Frank, E., Houck, P. R., & Reynolds, C. F., III. (2005). Treatment of complicated grief: A randomized controlled
trial. JAMA: Journal of the American Medical Association, 293(21), 2601-2608. doi:10.1001/jama.293.21.2601
17. Zygmont, M., Prigerson, H. G., Houck, P. R., Miller, M. D., Shear, M. K., Jacobs, S., & Reynolds, C. F. (1998). A post hoc
comparison of paroxetine and nortriptyline for symptoms of traumatic grief. Journal of Clinical Psychiatry, 59(5),
241-245.
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1 Violent death を本論文では「暴力的な死」と訳していますが、予測できなかった、苦であり、交通事故や災害による死を含みます。
2 同上
3 同上
4 同上
5 Shear 氏らの複雑性悲嘆プログラムのWebsite はwww.complicatedgrief.orgです。
N A T ION AL C ENTE R F O R PTSD
http://www.ptsd.va.gov/professional/pages/managing managing-grief grief-after after-disaster.asp
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*この論文は、米国National Center for PTSD のwebsite に掲載されているものです。原文はそちらのWebsite をご覧ください。また、本論文の内容についてのご質問は、著者へ直接なさってください。
東北関東大震災後、2011 年3月25 日に、執筆者Dr. Shear ご本人の許可を得て、全文を日本語に翻訳し、ルーテル学院大学のWebsiteにて提供することにしたものです。ルーテル学院大学(〒181-0015 東京都三鷹市大沢3-10-20)がこの翻訳とWebsite 上の情報提供について、責任を持っています。
http://www.luther.ac.jp/news/110324/index.html
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