聖路加(せいるか)国際病院(東京都中央区)のチャプレンから性被害を受けた女性が、チャプレンを擁護し、女性を加害者に見立てる声明によって名誉を毀損されたとして起こした訴訟の報告会が10日、オンラインで開かれ、約60人が参加した。
報告会では、女性の代理人を務める神原元(かんばら・はじめ)弁護士が訴訟の経過を説明したほか、社会学者でアジア女性資料センター理事などを務める梁(ヤン)・永山聡子さんが、自身の研究や活動の経験を踏まえ、新たな被害者を出さないために何が必要なのかについて語った。また、女性を支援する東洋ローア・キリスト伝道教会前橋伝道所の村上幹夫牧師は、日本のキリスト教界でこれまでに起こった性暴力事件を複数紹介。女性本人は、被害者が安全に分かち合えるセーフスペースを始めたことや、チャプレンが所属していた日本基督教団の動きなどについて報告した。
難病治療のために聖路加国際病院に通院していた女性は2017年、当時チャプレンとして勤務していた牧師(日本基督教団無任所教師、現在は免職)の男性から病院内で2度にわたり性被害を受けた。一方、この事件を巡っては、男性を支援するグループが18年、「(男性は)無実の罪を着せられた」などとする声明を発表。キリスト新聞とクリスチャン新聞が、声明全文を引用した記事を掲載した。そのため、女性は昨年9月、2次加害に当たるとし、声明に関わった牧師3人と、声明を掲載した両紙の発行元であるキリスト新聞社といのちのことば宣教団の2法人を提訴した。
訴訟は既に、2月に第1回、4月に第2回の口頭弁論が行われており、現在は争点や証拠の整理などを行う弁論準備手続きが、ウェブ会議により非公開で進められている。神原弁護士は、事件の概要を話した後、現在出ている争点について、原告・被告双方の主張を説明。今後出てくると想定される争点などについて話した。
性暴力を容認する社会に根本的な問題
永山さんは、自身が運営に携わる関東大震災の朝鮮人虐殺に関するイベントに、岡まさはる記念長崎平和資料館(現・長崎人権平和資料館)の関係者を招いたことが、性暴力に対する自身の向き合い方に大きな変化を与えたと話した。
岡正治牧師(1919~94)は、朝鮮人被爆者の実態調査などに取り組んだ平和活動家として知られていたが、地元テレビ局で記者をしていた女性が2020年、性被害を受けたとインターネット上で公表していた。しかし、資料館は当時それを把握していながら具体的な対応をせず、イベントに出席した関係者もそれを永山さんらに報告せずに、岡牧師の業績だけを話したという。
後になって岡牧師の性加害を知った永山さんは、「大変責任を感じました」と話す。自身が関わるイベントが間接的ではあるが、「被害者にとって2次加害的なものになった」とし、資料館に対し被害者への謝罪や再発防止のための教育などを求めていった経緯を語った。
この他、日本のLGBTQ(性的少数者)擁護団体の代表から性被害を受けたとし、被害者から直接相談を受け、現在も対応していることや、韓国のMeToo運動を紹介。コミュニティー内部の性暴力は隠蔽(いんぺい)する力学が働きやすいが、差別や抑圧を受け、社会的に弱い立場にあるコミュニティーに属する人々こそ、内部の性暴力に対して真相究明や加害者処罰、被害者への謝罪、再発防止の教育などを徹底して行っていく必要があると話した。
また、性暴力はそれを容認している社会構造に根本的な問題があるとも指摘。こうした「不処罰の歴史」が、加害者がそのままでいられる状況をつくり、2次加害や加害者同士の連帯などを生んでしまうと話した。
被害者に対しては、「かわいそうな被害者」でいる必要はないと強調。自分自身を責めたり、被害を受けたことで人生に絶望したりする必要はなく、問題は加害者にあるとし、堂々と生きてほしいと話した。
「キリスト教界の責任であり、社会全体の責任」
「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」のメンバーとして、女性を支援する村上牧師は、日本のキリスト教界で起こった代表的な性暴力事件として4つの事件を紹介した。
村上牧師が挙げたのは、1)聖神中央教会(京都府八幡市)の牧師が信者の少女や女性計7人に性的暴行を繰り返していた事件、2)日本聖公会高田基督教会(奈良県大和高田市)の牧師が信者の少女に性的暴行を繰り返し、最高裁で判決が確定した後も、所属先の京都教区が「判決は事実無根」などとするコメントを出した事件、3)日本ホーリネス教団平塚教会(神奈川県平塚市、現在は廃止)の牧師が女性に性的関係を繰り返し強要し、判決確定後に女性が自死した事件、4)日本基督教団熊本白川教会(熊本市)の牧師が教育主事の女性にセクシャルハラスメントを繰り返していた事件(牧師はいずれも当時)。
村上牧師は、これらは「氷山の一角」としつつ、共通しているのは、加害者の牧師がいずれも「反対派の謀略」だとか「誤解」などと主張し、罪を認めようとしなかったことだと指摘。「今後もまた同じような事件を繰り返すのでしょうか」と問いかけ、「皆さんと共に考え、行動することの重要性を強調したいと思います。私たちは同じような事件を繰り返してはなりません。これはキリスト教界の責任であり、社会全体の責任でもあります」と話した。
被害者が安全に分かち合えるセーフスペース
被害者の女性本人は、東京都内の教会を会場に、キリスト教界で性被害を受けた人やその支援者らが、自分の経験などを安全に分かち合えるセーフスペースを初めて開いたことを報告。「教会で傷ついた者が、教会で耳を傾け合い、つながりを取り戻すというのは、とても貴重な経験になったのではないかと思います」と話し、今後は遠方からも参加ができるよう、オンラインを併用することも考えていきたいと話した。
また、5月に開かれた日本基督教団九州教区の教区総会で、セクシュアルハラスメントの防止に関する教団規則の見直しを求める議案が承認され、10月に開かれる教団総会に提出される見通しとなったことも報告した。九州教区は議案で今回の事件に触れ、相談窓口の機能不全などさまざまな問題が明らかになったとし、「被害者の苦しみ痛みに寄り添うどころか、さらなる苦しみ痛みを与えたという事実は、教団に連なるわれわれ一人一人が重く受け止めなければならない」としている。
女性はこの議案について「重要な一歩」だと述べ、「いろいろな形で連帯していければと思います」と話した。
報告会を主催した「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」は、女性の訴訟支援のほか、性暴力被害者支援の充実と2次加害を許さないための活動も行っており、X(旧ツイッター)やフェイスブックで情報発信をしている。また、活動のためのカンパも呼びかけており、郵便振替(00150・0・129926、オオシマシゲコ)で受け付けている。セーフスペースの次回日程などについては、メール([email protected])で問い合わせを。
■ 報告会の様子