第39回庭野平和賞の贈呈式が14日、オンラインで行われた。今年の受賞者は、南アフリカ在住の聖公会司祭(聖使修士会)であるマイケル・ラプスレー氏(73)。反アパルトヘイト(人種隔離政策)運動や、20年以上にわたり世界各地で展開している「記憶の癒やし」の働きなどが評価された。贈呈式で行った記念講演では、戦争や人種・性差別、気候変動をめぐる問題など、さまざまな課題に言及しつつ、世界の一人一人が皆、歴史が負った傷を癒やし、平和を生み出すために神に呼ばれた存在であることを伝えた。
庭野平和賞は、宗教協力を通じて世界平和の推進に顕著な功績を上げた人物・団体に贈られる賞。主催する庭野平和財団は立正佼成会が設立母体だが、世界125カ国以上の宗教指導者・有識者ら約600人が推薦する候補者の中から、庭野平和賞委員会が厳正な審査を行い選出している。同委の委員長は現在、ヒンズー教徒のランジャナ・ムコパディヤーヤ氏。過去の受賞者には、カトリック大司教のヘルダー・ペソア・カマラ氏、世界教会協議会(WCC)元総幹事のフィリップ・アルフレッド・ポッター氏、ルーテル世界連盟(LWF)前議長のムニブ・A・ユナン氏ら、キリスト教徒も多くいる。
ムコパディヤーヤ氏は贈呈理由で、ラプスレー氏の生い立ちから現在の活動までを紹介しつつ、「ラプスレー氏の活動の特徴は、年齢、性別、人種、宗教の違いを超え、誰一人排除しないその包容性にある」と評価。その言葉は「キリスト教に基づきながらも普遍的であり、あらゆる宗教に通底する響きを持つ」と述べた。
「記憶の癒やし」は毒素を取り除くためのプロセス
ラプスレー氏は講演の初め、栗原貞子(1913~2005)による代表的原爆詩「生ましめんかな」を引用。原爆負傷者がうずめく暗い地下室で、若い女性が産気づき、重傷の助産師が自らの命と引き換えに、新しい命の誕生を助ける内容だ。また、2005年に庭野平和賞を受賞したカトリック神学者のハンス・キュング氏(1928~2021)の言葉「宗教間の平和なくして国家間の平和はない。宗教間の対話なくして宗教間の平和はない。宗教の根本を探究することなくして宗教間の対話はない」も紹介。受賞して身の引き締まる思いだと述べ、賞は「記憶の癒やし研究所とそのグローバルネットワークに関わるすべての人々に等しく授与されるべきもの」と語った。
過去を認めながら、過去に囚われないためにはどうすればよいか。被害者が加害者になる連鎖を断ち切るにはどうしたらよいか――。ラプスレー氏はそう問いかけながら、自身が取り組む「記憶の癒やし」とは、「憎しみ、復讐(ふくしゅう)心、恨みをはじめ、心の中のさまざまな毒素を取り除くためのプロセス」だと説明した。その上で、「記憶の癒やし」のファシリテーターの役割とは、歴史を語る人々を支え、歴史を語る安全な空間を作り、平和の「出産」を助ける「助産師」となることだと語った。
傷は癒やされなければ、世代を超えて継承される
ラプスレー氏は、傷は癒やされなければ、世代を超えて継承されていくとし、それは個人、地域社会、国家のいずれにもいえると指摘。ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ、世界にはまだ紛争や戦争が数多くあり、世界人権宣言採択から70年以上がたった今も、基本的人権は平等に保障されておらず、ブラック・ライブズ・マター運動が盛り上がりを見せても、白人の特権に関する対話はまだ始まったばかりであることなどを挙げ、今も過去の傷を引きずる世界の現状を描写した。
「記憶の癒やし」の活動には、「ジェンダーに基づく暴力」と「幼少期のトラウマ」の2つの共通テーマがあるという。このうち、ジェンダーに基づく暴力については、「人類の歴史に残された最古の傷」ではないかと指摘。特に宗教界は、一般社会よりも男性優位の傾向が強い現状にあるとし、文化や伝統、宗教の名の下に女性を抑圧し、男性はそれをごまかしてきたと語った。
また、「宗教界の組織の多くは人間の性に関する問題で躓(つまず)いた経験を持ち、この問題に対して最も抑圧的な姿勢を貫いてきました」とし、性的少数者の人々に深い傷を負わせてきたと指摘。あらゆる主要宗教の指導者たちが、性的少数者の人々に対し謝罪する姿を見るのが、自身の長年の夢だと語った。
良心の呵責や心の傷は、飲み薬では直せない
ロシアによるウクライナ侵攻については、ウクライナだけでなく、ロシアの人々にとっても悲劇だと話した。また、投獄の危険がありながらも、ロシア国内の信仰者、特に一般の聖職者が戦争反対を訴え続けている姿に心強く感じると語った。
一方、「私たちの宗教伝統の多くは、『人は皆、聖なるものを宿しており、他者への攻撃は他者に内在する聖性のみならず、自己の内なる聖性への攻撃となる』ことを説いています」と述べ、前線に立つ兵士たちは、「今後何十年も、良心の呵責(かしゃく)や心の傷を抱えて生きていくに違いありません。その傷は、将来の世代にも受け継がれていくことでしょう」と指摘。「良心の呵責や心の傷は、飲み薬では治せません。罪を告白し、懴悔(ざんげ)し、過ちを償って生きることでしか癒やせないのです」と伝えた。
歴史が負った傷を癒やし、平和を生み出す助産師に
ラプスレー氏はこの他、唯一の戦争被爆国である日本が担うべき核軍縮に向けた役割や、死刑廃止に向けた思い、気候変動危機に対する提案なども語り、次のように述べた。
「神は私たちのためにどのような夢を抱いておられるのか、神が抱く夢に私はどうすれば協力できるのか、私は信仰者としてしばしば自問しています。信仰の目を通して、私はすべての人々の内に神を見、すべての被造物を神の一部として体験するよう努めています。私たちは皆、歴史が負った傷を癒やし、変革的正義に向けた活動を通し、平和を生み出す助産師になることを神から託されているのだと信じます」
最後には、自身の父が第2次世界大戦中、対日戦線の兵士として従軍していたことに言及。「戦争に行く前の父と、戦争から帰った父は別人のようだったと、母がある日話していました。今日、父は天国から私に、そして皆さんに笑顔を見せてくれているものと信じます」と述べ、冒頭で触れた栗原の詩から、「生ましめんかな 己が命捨つとも」と再び引用して講演を閉じた。
庭野平和財団のホームページでは、贈呈式のダイジェスト版動画を見ることができる。この他、ラプスレー氏の受賞講演や贈呈理由なども文書で公開されている。