米ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は3日、ニューヨーク市で最も有名な黒人系メガチャーチとされるアビシニアン・バプテスト教会で撮影した新年の動画メッセージ(英語)を公開した。動画では、新約聖書のマタイによる福音書とガラテヤの信徒への手紙から引用した上で、新型コロナウイルスのワクチンについて、黒人やヒスパニック、貧困層に利用可能となるまで自身も接種しない意向を表明した。
ニューヨーク市ハーレム地区にあるアビシニアン・バプテスト教会(カルヴァン・バッツ3世主任牧師)で録画された動画メッセージで、クオモ氏は、公務員である自身はワクチンを優先的に接種できる候補者の一人であり、接種することを願っているとした上で、「社会的かつ人種的正義」を堅持する観点から、ワクチンが黒人やヒスパニック、貧困層に配布されるまでは自身は接種しないと確約した。
「私はこのワクチンの配布において、社会的かつ人種的正義を堅持します。それ(ワクチン)は公平かつ迅速に利用可能になります。私たち(州政府)には、配布を実現する能力があるからです。人種や収入で生死が左右されることはありません。これは本当です」
「だからこそ今日、私は、ワクチンを接種したいという願いが自分にもあると申し上げているのです。私はよく動き回りますから、多くの人と接触します。ですからワクチンを接種した方が安全に決まっているのです。しかし、ワクチンが州内の黒人やヒスパニック、また貧困層に届くまで、私が接種することはありません」
黒人のクリスチャンらがワクチン接種に懐疑的になる理由として、クオモ氏は「タスキギー梅毒実験」を挙げたが、自身の知る限りにおいてワクチンは安全だと述べた。タスキギー梅毒実験とは、米公衆衛生局の主導の下、1932年から72年にかけてアラバマ州タスキギーで黒人男性を対象として行われた梅毒の影響に関する研究のこと。研究の目的は、梅毒を治療しなかった場合の症状の進行を長期にわたり観察することであった。この研究に参加した黒人男性には、連邦政府が提供する医療と埋葬が無償で受けられると説明されていた。しかし、1940年代に梅毒治療の推奨薬となったペニシリンは提供されなかった。
「私は(ワクチンをめぐって)冷笑主義や懐疑論(があること)を理解しています。それには理由がないわけではありません。タスキギー梅毒実験は、まさにこの国における精神性の汚点です。あの実験には偏見や不正がありました。しかし、新型コロナウイルスのワクチンに関してはそうではありません」。クオモ氏はそう述べ、新型コロナウイルス感染症による死亡率が黒人やヒスパニックの方が白人よりも高いことを指摘した上で、ワクチンに信頼を置くよう会衆に求めた。
「マタイによる福音書20章16節には、『後にいる者が先になり、先にいる者が後になる』とあります。ワクチンが、(ニューヨーク市の)サウスブロンクス地区やバッファロー市のイーストサイド地区、ワイヤンダンチ地区、サウスジャマイカ地区、そして医療制度の砂漠といわれるエジャートン地区やイーストユーティカ地区で利用可能になるまで、私たちの仕事は終わりません。私は自分の役割を果たしますが、皆さんも自分の役割を果たさなければなりません。私たちは皆、ワクチンに信頼を置き、精神的な寛大さを示さなければなりません。また、互いの利益のために行動すべきです」
「パウロはガラテヤの信徒への手紙の中で、互いに重荷を担いなさいと教えています。それが今の私たちの使命です。2021年は、それを実行する年になるでしょう。私たちは『ニューヨーク・タフ』(クオモ氏が毎日の生配信で唱える言葉で、精神的に強くあることや団結を促すもの)です」
さらにクオモ氏は、この動画メッセージの内容は同州が準備を進めている、集団免疫獲得を目指した大規模なワクチン接種計画の一環であることを説明した上で、計画が効果を発揮するには、少なくとも人口の7割が接種する必要があると述べた。
「ワクチンには効果がありますが、効果が出るのは接種した場合に限ります。効果が現れるには、ニューヨーク市民の7割から9割が接種する必要があるといわれています。それは膨大な数です。考えてみてください。ニューヨーク市民の9割が、ワクチン接種に同意せず、望む人だけ接種するとしたら。これは個人の責任であるだけでなく、地域社会の義務でもあります。このウイルスには、単純明快な一面があります。それは、全員が安全でない限り誰も安全ではない、ということです」
クオモ氏は、誰もがワクチンを受けられるようにするため、州が特別タスクフォースを設置したことに言及した。タスクフォースを指導するのは、レティシア・ジェームズ州司法長官、全米都市同盟のマーク・モリアル会長兼最高責任者(CEO)、ロッサナ・ロサド州務長官、同州の医療系NPO「ヘルスファースト」のパット・ワング会長兼CEOら。カルビン・バッツ3世牧師もこの特別タスクフォースに加わる。
「私たち(州政府)は、ワクチンをその場で接種できるようにするため、特別なポータブル器材を制作しています。ポータブル器材は、州内の公営住宅当局や教会、コミュニティーセンターなどに持ち込むことが可能です」
クオモ氏が、黒人のクリスチャンに向けてこの動画メッセージを投稿する数カ月前、ニューヨーク州に隣接するコネチカット州では、ネッド・ラモント知事が、ワクチン接種に対する支持を黒人教会が主導すべきだと示唆したことで、州内の宗教指導者と政治指導者から非難されていた。
一方、黒人女性の公民権弁護士であるトリシア・リンゼイ氏は昨年9月、記者会見(英語)で次のように述べている。
「私たちはモルモットではありません。今回は、タスキギーの再来になることはありません。私たちがそうさせないからです。ネッド・ラモント氏や彼に同調する政治家は厳しく非難されています。彼と彼の家族に最初にワクチンを接種させればいいのです。ビル・ゲイツと彼の家族に、最初にワクチンを接種させましょう。立法府に最初にワクチンを接種させましょう。私たちはいりません。私たちは大丈夫です」