近年、学校や医療で発達障害が注目されています。発達障害の人は生まれつき脳の機能のバランスが悪く、ユニークな行動パターンを持っているため、幼児の時から症状が現れ、成長するにつれ自分自身が多くの人と違うという違和感や生きづらさを感じます。学習障害、自閉スペクトラム症、注意欠如多動症の大きく三つのタイプに分けられますが、三つの障害のうち二つか三つを同時に抱えていることが多いです。
注意欠如多動症(Attention Deficit Hyperactivity Disorder、ADHD)は普通7歳前に気付かれて、注意を集中できないこと(注意障害)、落ち着きなく体を動かし動き回ること(多動)、思い付くと待てないこと(衝動性)が特徴です。
頻度は日本の学童期で推定3~7%(3~5:1と男児に多い)と言われています。2007年の世界精神保健調査によると推定頻度は3・4%です。その経過は多様で、思春期になると多動や衝動性が軽くなることもありますが、30~50%の人で、成人になっても症状が続きます。
この障害はまだあまり知られていないので、単に性格の問題とされ「落ち着きのない、わがままで短気な子(人)」と誤解され、不当な評価と扱いを受けることが多いです。しかし、ADHDはれっきとした医学的な脳の病気であり、適切な治療により症状を軽くし、社会生活を送りやすくできます。
診断するためには、幼稚園や小学校時代の次の三つの症状の有無を確認します。
- 多動:教室でじっとしていない、始終頭が動く、手をせわしなく振る、物をいじって壊す、順番を待てない、せっかち
- 衝動性:思い付きで行動、考えるよりも行動が先に出るため、高い木に登って降りられなくなる、安全を確認せずに道路に飛び出す、おっちょこちょい
- 注意障害:興味があるものなら熱中するが、気が散りやすく、容易に注意がそれてしまう。外で物音がすると、気をとられてしまう。きょろきょろして先生の話に集中できない。忘れ物が多い、物をなくしやすい
他にカッとなりやすい、キレやすい、すぐに喧嘩になるなどを認めます。
大人になると、もはや目立った多動や衝動性はみられませんが、「せわしなく指を動かしたり、膝を揺すったりする。早食い。並んで順番を待つことが苦痛。早とちりが多い。言わなくてもよいことを言ってしまう。待てない。会話を途中で中断させて割り込む」などが見られます。
一方、以下のような注意障害はそのまま持続します。
・退屈で細かな作業に集中できず、ミスが多い。
・課題や仕事を最後までやり遂げられず、気が散る。
・話を聞いていないと言われる。期限を守れない。約束の時間に着けないことが多い。
・複数の課題や指示をもらったときに、頭が混乱し真っ白になる。
・忘れ物が多い。よく物を置き忘れる。整理整頓ができない。片付けられない。
また些細なことでかっとなりやすい、腹を立てやすい、キレやすいと言われるなどの特徴も残ります。
脳は興奮系ニューロンと抑制系ニューロンの二つのシステムでバランスを取っていますが、ADHDは抑制系ニューロンの機能低下によって起こると考えられます。CTやMRIのような一般的な画像検査で明らかになるようなはっきりとした中枢神経系の構造上の欠陥は見られません。脳内のドーパミンという物質の働きが低下していることや、脳の前頭前部・線条体神経回路の機能障害などが注目されています。
ADHDを引き起こしやすくする要因としては、遺伝的な要素が大きく、たいていは両親や兄弟に似たような症状が見られます。他には胎生期に中毒性薬物にさらされること、早産、胎生期における胎児の神経系の障害などが挙げられていますが、はっきりと証明されたものはありません。
ADHDの治療に効果があるのは中枢神経刺激剤です。中枢刺激剤のうち現在わが国でよく使われるものは塩酸メチルフェニデート徐放薬(コンサータ)とアトモキセチン(ストラテラ)です。しかし、薬を飲めば症状の問題がすべて解決し、魔法のように片付けられるようになり、てきぱきと仕事ができると考えてはいけません。薬により助けが得られることが多いですが、生活上の工夫も大切です。
「ToDo表を作る(朝、今日やるべきことの一覧表を作るようにする)」「仕事や勉強の取りかかりを決めておく」「仕事や勉強は短時間に区切って、違った課題に取り組む」などの点に気を付けると自分の弱点をカバーしやすくなりますが、習慣として身につけるまで時間と努力が必要です。
多くの疾患は病気と告知されると悲しく、不安なものです。ところがADHDの場合は、長年にわたって得体の知れない生きづらさに悩まされているので、この診断を受けてほっとされる方が多いように思えます。女性で、50歳にてようやく当クリニックで診断告知を受けた方の感想です。
「普通の人ならがっかりすると思うのですが、私は救われた感じがしました。本当に自分が嫌いだったので自分を許せた気がします。家族からも『どうしてそんなに変わっているんだ』と言われ続けていたので、これは性格じゃなくて病気の症状なんだということが分かった時は本当にうれしかったです」
実は聖書に登場する人物にもADHDが疑わしい人がいます。例えばシモン・ペテロについての次のような記事が気になります。「そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。『主です。』すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ」(ヨハネ21:7)
ペテロのイエス様への愛がほとばしり出ている所ですね。「早く会いたい。でも、失礼がないように」と考えが決まる前に動いてしまう。その瞬間、飛び込む前に上着を着るという奇妙な行動に出てしまう。これはADHDの症状にぴったりです。他にも「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください」(マタイ14:28)という後先を考えない言動もADHDの人の特徴だと思います。根底にペテロの信仰があることは言うまでもありません。
そもそも主の器にはADHDの人が多いのではないでしょうか。もちろん「神の選び」「召命」が絶対だと思いますが、人間サイドから見ると、献身に至るには思い切った決心が必要です。先の事を綿密に考え、計画し、現実的に考えすぎたら、献身などできないでしょう。ADHDの人の長所として「強い行動力や爆発的なエネルギーを持っている。常識に惑わされない。本質を重視する。単純なので、腹黒くなれない。ユーモアがあり、人に好かれやすい」などが挙げられますが、どれも主の僕に役立つ特質です。
「ペテロの行動はADHDの症状にすぎない」という浅はかな考え方をしているわけではありません。信仰の行動を医学的に少し説明したからといって、その信仰をおとしめたり、決断や行為の価値を下げたりすることはありません。
「ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう」(ローマ11:33)。神は計り知れない知恵と恵みの深さによって、病気をも通して、ペテロに素晴らしい特性や才能を授けていたのです。
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浜原昭仁(はまはら・しょうに)
金沢こころクリニック院長。金沢こころチャペル副牧師。1982年、金沢大学医学部卒。1986年、金沢大学大学院医学研究科修了、医学博士修得。1987年、精神保健指定医修得。1986年、石川県立高松病院勤務。1999年、石川県立高松病院診療部長。2005年、石川県立高松病院副院長。2006年10月、金沢こころクリニック開設。著書に『こころの手帳―すこやかに、やすらかにー』(イーグレープ)。