気分の浮き沈みは誰にでもあることで、それ自体は病気ではありません。これに対して双極性障害は、その浮き沈みの程度が著しく、気分の高ぶった状態(躁)や落ち込んだ状態(うつ)が長期間続き、しかもこれを周期的に繰り返す病気です。そしてこうした気分の変化が、思考、感情、体調、行動などの生活全般に影響を与えるようになります。頻度は1~3%といわれており、うつ病に比べると少ないですが、診断が難しく、以前のアメリカのデータでは正しい診断を受けるまでに、平均すると3~4人の医師の診察を受け、うつ病やその他の診断と誤診されたまま8年の年月を費やしていると報告されています。
うつ状態では、眠れなくなり、食べられなくなり、体がだるく思うように動きません。気分が落ち込み、活動性が低下し、集中力や根気が無くなり、人前に出られず家にこもりがちになります。朝に症状がひどいことが特徴です。自分の能力に自信がなくなり、自分を責め、自分ほどの罪人はいない、自分は神に見捨てられたとさえ感じます。
躁状態では、気分がすっきりして楽しく、夜はほとんど寝なくても平気であり、疲れ知らずで活動量が増えます。会話の量が多くなり、人の言うことに耳を傾けられません。一方で、豊かな発想、素晴らしいアイデアがあふれてきます。自分が神に近い偉大な人物のように思えたり、他人を攻撃しやすくなったりします。うつ状態だった人が急に躁状態になること(躁転)もまれではなく、一晩のうちに躁転することもあります。
さらに問題になる症状として混合状態が知られています。躁状態とうつ状態の両方の症状が同時に現れたり、そうした症状が1日の間に頻繁に入れ替わったりするような状態です。イライラがひどく、頭の中が様々な整理されない考えではち切れそうな不快感があります。躁状態の時と同じようにすぐに興奮したり、口論になったりしますが、爽快感はありません。自殺の危険が高まるのもこの時です。
このような躁状態や混合状態が認められれば、双極性障害の診断は容易ですが、診断が難しい双極障害Ⅱ型というタイプがあります。このタイプは軽い躁状態とうつ状態だけが経験され、はっきりした躁状態が見られません。軽躁状態の時には、いつもよりも幸福だと感じることが多く、気力が充実し、頭の回転も速くて疲れ知らずで、仕事がむしろはかどるため「超正常」だと体験されるからです。
双極性障害の診断を正しく行わないと、治療がうまくいきません。双極性障害うつ状態とうつ病では治療薬が違うからです。双極性障害うつ状態の場合は「うつ状態」でありながら、抗うつ剤があまり効きません。薬でかえってイライラが悪化したり、躁転させて病状を悪化させる場合もあります。
双極性障害うつ状態では炭酸リチウム(リーマス)、ラモトリギン(ラミクタール)、バルプロ酸(バレリン、デパケン)などの気分安定薬や、オランザピン(ジプレキサ)、クエチアピン(セロクエル)、アリピプラゾール(エビリファイ)などの非定型抗精神病薬を主体に用います。抗うつ剤を使用する場合は必ず単独では使用せず、気分調整剤などと合わせて処方します。
双極性障害はうつ病よりも症状が激しく、入院加療が必要になる場合があります。① 躁状態で攻撃的、衝動的、自己破壊的な行動が認められる時、② うつ状態や混合状態で自殺の危険が迫っている時、③ 身体的な合併症があり薬物療法の調整が難しい時、④ アルコールがやめられなかったり、薬物を乱用したりすることが見られる時などです。
通常は1~3カ月の期間です。躁状態の患者さんは、たいていは自分が病気で入院が必要だということを認識していません。このような場合は、医療保護入院という手続きにより、親や伴侶が本人に代わって医師と入院の契約を結ぶことになります。
適切な対応ですが、躁状態の時はその人との議論や反論は謹んでください。人との接触を控え、家でゆっくり休む時間を増やし、落ち着かない時はウォーキングなどで気分を切り替えるようにします。周りの人は逸脱行為がないように注意し、大切な決定や大きな買い物を先送りするようにアドバイスします。なるべく刺激せず、外出や行事を控えるように諭します。
うつ状態の時に一番大切な事は休息です。できれば休職し、自宅療養することが望ましいでしょう。初めの一カ月は仕事を忘れて、のんびりゆっくり過ごします。気分の良い日が増えてきたら、徐々に規則正しい生活や軽い運動、趣味などを取り入れるようにします。さらに図書館などを利用して通常の仕事を想定した日課も取り入れていきます。
また他人の言葉にとても敏感になり、ちょっとした一言でひどく落ち込んだりします。「がんばれ」と励ますのはよくありませんが、いつまでも気を使いすぎるのもよくありません。お説教も逆効果になります。「無理しなくていいよ」とその人をありのまま受け入れてあげる態度で接してください。
患者さんに対する家族の感情がその後の病気の治りに関係してきます。望ましくないのは、かまいすぎたり干渉しすぎたりする過保護な態度と、批判的で敵意の潜んだ態度です。これらは日常的な会話の端々に現れ、患者さんにとって慢性的なストレスとなります。
本人にとって、家族の助けは心強くとても役に立つものです。しかし、「最も穏やかな」家族でさえ本人の病気のことで気持ちが動揺しやすく、敏感になっていることがあり、多大な自己犠牲を払ったり、お互いに非難し合ったりします。双極性障害について家族ができるだけ多くのことを学ぶことによって、この病気によるストレスが軽減されます。時には互いに距離を置くことも必要になるかもしれません。
宗教改革の流れを導いたマルチン・ルターは双極性障害だったといわれています。うつ症状からくる自罰性、自責性の高まりは、罪からの解放に飢え乾く熱心な祈りとなり、ついに「信仰による義」の真理に目が開かれます。
一方、軽躁性は他罰的で正義の追求へと駆り立て、カトリック教会の免罪符政策の批判にまで至りました。当時の絶対的な権力であるカトリックに対立するという行為は、躁状態でもないとできないことかもしれません。また、1年以上もヴァルトブルク城にこもっていた時はうつ状態が推測されます。彼の天才性はただの引きこもりにとどまらせず、ドイツ語への聖書翻訳を完成しています。
彼の場合「病」が無価値なもの、有害なもの、自らを否定するものとして働くだけでなく、非凡な思想や勇気ある行動を生み出す力、神の真理を見いだすためのエネルギーになった、すなわち、神様がルターの病気さえも用いておられたことを知る時、計り知れない神の業に驚かせられます。
(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)(14)
(15)(16)(17)(18)(19)(20)(21)
◇
浜原昭仁(はまはら・しょうに)
金沢こころクリニック院長。金沢こころチャペル副牧師。1982年、金沢大学医学部卒。1986年、金沢大学大学院医学研究科修了、医学博士修得。1987年、精神保健指定医修得。1986年、石川県立高松病院勤務。1999年、石川県立高松病院診療部長。2005年、石川県立高松病院副院長。2006年10月、金沢こころクリニック開設。著書に『こころの手帳―すこやかに、やすらかにー』(イーグレープ)。