ニコラスは12歳になった。今年も彼の誕生日(彼がガイオ家の養子となった紀元270年1月10日が誕生日とされている)には、たくさんの友達やニコラスの勉強をみてくれるギリシャ人とユダヤ人の家庭教師、そして屋敷の使用人たちが集まってパーティーが開かれることになった。
ニコラスは辻から辻へと回って、出会った子どもたち全てを招待した。そして最後に、アルテミス神殿の脇で客を呼び寄せている物売りの脇にしょんぼり立っている男の子を見つけた。その子は、体の半分が見えるほど大きな穴が開いたぼろ服を着ていた。
誕生バーティーに誘うと、悲しそうに首を振り、横を向いたが、その目から涙が流れ落ちた。「坊ちゃん、この子を誘わんでください。こいつはね、こんなボロ着で出かけるのが恥ずかしくてたまらないんでさ」。その子の父親は、あざけるように言った。
ニコラスは、その子がかわいそうでたまらなくなり、彼の父親に断って市場に連れて行き、新しい服を3着買い求めた。そして、それを子どもに持たせて言うのだった。「さあ、これを着て、明日の誕生パーティーに来てね」
さて、当日になると、ガイオの屋敷の者たちはびっくり仰天した。この町に住む商人や職人、それから役所の官吏の子どもに交じって、貧しい階層の子どもたち――それも全身あかにまみれ、ノミやシラミを髪に付けた物乞いの子どもや、手足に腫れ物ができて、うみから悪臭を漂わせているような者たちまでが、ぞろぞろと屋敷の門から入ってきたではないか。
「あれまあ」。厨房で賄い人と一緒に菓子作りをしていた家政婦のスントケは、窓からこの様子を見るとどすんと尻もちをついた。「ニコラス坊ちゃんのなさることといったら・・・全く、もう・・・」
「みんなよく来たね。さあ、中に入って」。ニコラスは笑顔で彼らを中に導いた。子どもたちは広間の長いテーブルの前に座り、今まで口にしたことのないようなごちそうを食べ、焼き菓子やパイ、はちみつ入りの菓子を頬張り、ヨーグルト入りの甘い飲み物を楽しんだ。ニコラスはテーブルを回り、これらの子どもたちに給仕をしてやるのだった。
食事が終わると、使用人たちがきれいな服や飾りの付いた帽子、靴、おもちゃなどを抱えて現れたので、ニコラスは一番汚らしい、惨めな姿をしている子どもから順番にこれらのプレゼントを配って歩いた。
「ね、忘れないで」。ニコラスは、全身に吹き出物ができ、悪臭を放っている子どもの手を握りしめて言った。「これを見るとき、ぼくらは友達だっていうことをね」
こうして、招かれた子どもたちは、おいしいものをおなかいっぱいに詰め込み、楽しく遊び、お土産までもらってそれぞれの家に帰っていったのだった。
パーティーの片付けも終わり、皆が引き上げてしまったころ、ニコラスは義父に呼ばれた。
「さて、ニコラス」。ガイオは手箱の中から古めかしい羊皮紙の巻物を取り出して言った。「私は、おまえが貧しい者のことをいつも心にかける優しい気持ちを持っていることをうれしく、誇らしく思っておるぞ。この巻物はガイオ家が代々大切にしてきた家宝でな。おまえが成人したら譲ろうと思っていた」
彼は巻物を広げた。「これはヤコブというユダヤ人が100年以上も前にコロサイにいるクリスチャンたちに書いた手紙の写しだ。ガイオ家1代目の当主がこの写本を手に入れて以来、この家に大切に保管されてきたものなのだよ」。そして、ガイオはゆっくりと読み上げた。
父である神の御前できよく汚れのない宗教とは、孤児ややもめたちが困っているときに世話をし、この世の汚れに染まらないよう自分を守ることです。・・・兄弟か姉妹に着る物がなく、毎日の食べ物にも事欠いているようなときに、(略)からだに必要な物を与えなければ、何の役に立つでしょう。(ヤコブの手紙1:27、2:15、16)
ガイオは読み終えると、巻物を箱に戻し、ニコラスに手渡して言った。「いいかね。人間にとって一番大切なことは、他者を思いやる心――特に弱い者や虐げられている者たちの苦しみに寄り添うことだということを忘れるんじゃないぞ」
*
<あとがき>
豪商ガイオの家に養子となって引き取られた孤児ニコラスは、いつも貧しい家庭の子や不幸な生活をしている者に対して優しい思いやりを示すのですが、これは養父母の影響によるものでした。ガイオはたびたび商用でコロサイの町に出かける折、その地でひそかに信仰を守っているクリスチャンたちと接触があり、夫人ともども聖書の教えを日々の生活の中で守っていたのでした。
ある時、ガイオは家宝として大切に保管している古い巻物をニコラスに見せます。それは100年以上も前にヤコブというユダヤ人が各地の教会に宛てて書いた『ヤコブの手紙』の写本でした。そこには貧しい人々に対する配慮が述べられており、ガイオは「神に喜ばれる信仰とは、弱い者や虐げられている者たちの苦しみに寄り添うことである」とニコラスを諭すのでした。
ニコラスは、こうして養父から人間として一番大切なものを学び、成長していくのです。
◇
栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。