オリバー・ストーンといえば、「プラトーン」でアカデミー賞を受賞して以来、数々の社会派ドラマを映画化してきた巨匠である。特に彼の「実録大統領もの」シリーズは、「JFK」「ニクソン」「W」など、それぞれの異なる時代を3時間近い尺で見事に描き切っている。昨今はそのメタ・ドキュメンタリー的な作風が飽きられたのか、鳴かず飛ばずの時期を過ごしているようだ。上記作品群の興行成績はおしなべて芳しくない。
1月下旬から公開された「スノーデン」も然り。興行成績は振るわない。しかし内容は、彼が一貫して描いてきた強者の論理を暴露するジャーナリズム、という立場からは全くズレていなかった。そして、劇中何度も登場するオバマ前大統領の8年間を概観するという骨子がはっきりと見て取れる快作となっている。
映画タイトルになっている「スノーデン」とは、元CIA職員のエドワード・スノーデンのことである。事の発端は2013年6月6日。米ワシントン・ポスト紙と英ガーディアン紙が、米国の国家安全保障局(NSA)が、米アップルや米グーグル、米フェイスブック、米マイクロソフトなどのIT企業が提供するネットサーバーに直接アクセスして、ユーザーのデータを収集する「PRISM(プリズム)」という取り組みを行っていると報じたことである。
以前から米政府が情報収集プログラムを稼働させ、国民の生活を秘密裏に監視しているといううわさはあった。しかし明るみに出た「PRISM」は、米国民だけでなく全世界の人々のネット情報を集約していたというのだ。当然そこに日本も含まれている。
6月9日には、ガーディアン紙がスノーデンの顔と実名を出してインタビュー動画を公開。そこで人々は、米国政府が大統領承認の下、世界に対して盗聴、盗撮、さらに人間関係相関図を作成していたことを知ることになった。
米国政府はスノーデンをスパイ容疑で告訴。さらに香港当局に対して彼を逮捕することを要請。しかし、香港側はこれを拒否し、結果スノーデンはロシアへ逃亡することになった。現在も彼はロシアで生活しているという。
今回の映画化に際して、ストーン監督は米国企業からの出資を全て拒否されている。まあ、米国の汚点を白日の下にさらした人物を英雄視する物語である以上、米国側が快く思うはずはない。
そこで彼は欧州など各国を回り、資金を調達したという。その最後に、ストーン監督はロシアに乗り込み、スノーデンに直接インタビューを敢行する徹底ぶりだったそうだ。
劇中のクライマックスは、大きく3度ある。1度目はスノーデンがNSAから今まで集積したデータを盗み出すシーン。これはハラハラドキドキ、スパイ映画の醍醐味がある。2度目は、彼の告発をジャーナリストたちが受け入れ、公開報道に踏み切るかどうか、というところ。ここに社会派監督の真骨頂があった。
3度目は、スノーデンがロシアに逃亡し、テレビカメラを通して米国の大学生たちに語り掛けるシーン。映画ではスノーデン役を俳優のジョセフ・ゴードン・レヴィットが演じているのだが、このラストだけはついにスノーデン本人が登場し、直接語り掛けるシーンとなっている。
これは、ストーン監督が直接インタビューしたものを再構成して映画に挿入しているらしいが、全く違和感がなく、そして予言的な内容になっているため、見る者を震撼させるのに十分である。彼はこう言う。
「あなたの生活が誰かに見られている、それだけでもイヤなことでしょう。しかし、それ以上に脅威なのは、テロ防止のためにということで集められた情報が、当初の目的を外れて用いられることです。将来、独裁的な指導者が米国に生まれ、その人物が人知れず収集された膨大なデータの存在を知ったとしたら、新たな支配体制がそこに生み出されてしまうでしょう。そうなることを恐れたのです」(要旨です。一言一句同じとは言えません)
これらの言葉が語られているとき、劇中では2016年の大統領選挙戦を戦っていた現大統領の姿が映されるのである。そういった意味で、この映画はトランプ新政権誕生のこの時期に公開されるべきであったとも言えよう。
さらに、スノーデンが職員として従事しているさまざまな情報戦の指令は、全て大統領から出ていたとするなら、これはオバマ大統領に関する映画とも言える。イラク戦線にドローンを配備し、顔認証システムと携帯電話の電波を頼りにテロリストを秒殺するというやり方を承認したのはオバマ前大統領である。
しかし、ご存じのようにこのやり方は、多くの誤爆を生み、一般市民をも巻き込む可能性を高めてしまった。彼は戦争捕虜やテロリストへの「水責め」には反対したが、遠隔操作で半径50メートル地域を廃墟化することにはちゅうちょしなかった(とストーン監督は暗に批判しているのだろう)。
政治の表舞台では人種の多様性を説き、ノーベル平和賞を受賞し、さらに8年間の大統領任期の集大成として広島にまで出掛けてきたオバマ氏。しかしその裏では、このような情報収集を認め、ドローンによる殺りくを拡大させていた。これを目の当たりにし、また自分たちが日々収集する「情報」によって後押しされていたことを知ったスノーデンは、情報公開に踏み切ったということなのだろう。
見終わって、聖書のある1節が浮かんできた。サムエル記上16章7節の言葉―「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」。
ラストでカメラに語り掛けるスノーデン本人は、毅然(きぜん)とこのような情報過多の社会を批判している。相手を「知ろう」とどこまで情報を入手しても、そこには限界があり、しかもこのようなやり方は、結果的にさらなる疑心暗鬼を生み出すことになりかねない。この在り方に対して、スノーデンおよびストーン監督は警鐘を鳴らしているのである。
私も牧師として関わるとき、メールやフェイスブックを駆使する。しかし、それはあくまでも直接的なコミュニケーションの代替であって、面と向き合うことに勝るものではない。そんな当たり前のことがいつしか忘れ去られていく。現代とはそのような矛盾に満ちた社会なのかもしれない。
「人は表面的なことしか分からない。しかし、神はその内面をご存じである」。そんな2千年以上前の聖書の言葉が、あらためて心に染みる時代である。
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