バングラデシュの子どもたちに、寺子屋(小規模小学校)を贈る運動をしている「アジアキリスト教教育基金」(ACEF)が主催するACEF秋のセミナーが10日、新宿支部印刷会館ビル(東京都新宿区)で行われた。国際基督教大学上級准教授の西村幹子氏を講師に招き、「国際教育の国際的潮流とこれから」と題しての講義が行われた。その後、参加者全員によるワークショップにより、教育の在り方、国際教育協力の在り方について考えた。
講師の西村氏は、大学時代にACEFスタディーツアーに参加し、国際協力の道に進み、国際協力事業団(JICA)ジュニア専門委員、国際開発コンサルタントを経て現職という、まさにACEFが生んだ国際協力のエキスパートだ。この日の講義では、今年が、「国連ミレニアム開発目標(MDGs)」の目標達成年であることに注目し、世界は何を目指して何を達成してきたのか、そして2030年の目標年には何を目指すのか、実際のデータなどを使って話した。
国際教育協力の在り方を大きく変えたのは、1990年にタイで開催された「万人のための教育(EFA)世界会議」。その中で、全ての人に教育を受ける権利があり、その権利は国際的に保障されることが宣言されたことにより、それまで基礎教育分野の支援に消極的だった日本も協力に積極的になった。また、先進国の教育に対する考え方も、教育は開発の「手段」から「目的」へ、国家の「コスト」から個人と国家の「投資」へと、共通認識が変化してきていることが説明された。
これまで教育開発といえば、学校に行けないかわいそうな子どもたちを対象にした途上国の問題だったのが、2000年代に入り、資源配分の問題や、教育の在り方を見直す動きが高まり、2015年以降は、教育開発というのは途上国だけの問題ではなく、全ての世界のさまざまな次元での問題へと変わってきたという。読み・書き・計算だけではなく、世界の不平等の問題や、資源・環境の問題などには、グローバルな市民教育が必要で、世界で守っていくものを途上国・先進国にかかわらず、皆で考えていくことが2030年の目標に加わっていることを伝えた。
また、国際教育開発が開発途上国の問題から世界の問題へとなる中、その担い手は、民間企業や市民社会のパートナーシップへと移ってきているという。国ができないところを民間団体がフォローしていく動きが、世界の主流となっていると話した。
「持続可能な開発目標」での教育目標は4つとされ、その一つが「インクルーシブで公正な質の高い教育と生涯学習機会の普及」だ。「インクルーシブ」とは、JICAの定義によると、全ての人が恩恵を受けることとなっている。問題は、この「全ての人」にどのようにして教育機会を与えるかだ。前回の「国連ミレニアム開発目標」では、初等教育を修了することが目標だったが、ここでは質的なことが課題となってくる。不就学児童は、1999年から2011年の間に1億700万人から5700万人までほぼ半減したが、2008年以降は横ばいとなっている。また、全世界の障がい児のうち2%しか学校に通えていないことや、2億5千万人の児童が読み書き計算を含む十分な基礎的学力を持っていないことが、大きな問題となっていることを指摘した。
教育の格差については、初等教育や高等教育をどれだけ受けているかの他にも、研究費用に充てている国の予算や、図書をどれだけ持っているかなどからも教育の格差を知ることができると説明した。そして、こういった不平等は、学校現場だけでなく、研究者においても広がっているという。例えば、アフリカの研究者は、電子ジャーナルにアクセスができないため、先行研究などができずに論文の作成もままならない状態にある。そのため西村氏は、ダウンロードして論文などを送っていると言い、これも一つの国際協力であることを明かした。
2030年までの目標とする「公平でインクルーシブな質の良い教育とは何か」というところで、西村氏は平等と公平性/公正性の違いについて説明した。そして、公平性/公正性には、グループ間の多様性や違いを認めた上で、介入するという意思が必要だという。日本のように異なる集団間の差に目を向けずに、誰もが同じ教育を受けるのとは全く教育の在り方が違うことを語った。そして、本質的な問いとして、「教育は、社会の機会の平等化を促進できるのか」「それとも、社会の階層間格差を拡大するのか」を考えていかなければならないと、今後の課題について語った。
「インクルーシブ」についても、その考え方は国によって違いがあることを話した。例えば、日本では現在インクルーシブというと文部科学省が障がい者の教育で活用を始めているが、それは障がい者がどのような教育を受けるかを選べるシステムとなっている。一方ヨーロッパでは普通学級が、障がい児も含めそこに来るいろいろな子どもたちに対応できるように教育していくのだという。教育の基準はそのままに、多様なニーズを持つ人々に、機会を拡大するのか、基準を多様化するのか、今後考えていくべきことだと伝えた。
講演の後、参加者が5つのグループに分かれ、次期国際目標「公平でインクルーシブな質の良い教育とは何か」を達成するためには、何が必要かをフォースフィールド分析で考えるワークショップが行われた。模造紙の中心に問題テーマを書き、それを挟んで上下に促進要因と制約要因を書き出し、最後にグループごとにそれらの要因を発表した。
また、この日の講演会では、毎夏ACEFが行っているバングラデシュへのスタディーツアーの報告会も行われた。スタディーツアーは、ACEFの活動の柱の一つ。1991年8月から始まり、今回で49回目となる。この日、報告に立ったのは社会人、大学生、高校生の5人。それぞれが2週間の滞在の中で、現地の人との触れ合いを通して体験したことや学んだことについての感想を述べた。昨年に引き続き同じ地域を訪問した人は、現地で続けて訪問してくれたと大変喜ばれたことを語り、今後もアジアの人々と関わり、これからもずっとACEFを通して活動を続けていきたいと抱負を語った。