28日、日本キリスト教団北千住教会(東京都足立区)で、同東北教区小高伝道所牧師の大下正人氏による講演会が行われた。南相馬市小高区では未だ「避難準備区域」から解除されておらず、避難を余儀なくされている状態であるという。大下氏が原発被害によって実際に体験してきたことをふまえて、これから気をつけていくべきことを共有して行く目的で「東日本大震災・津波・原発事故に遭遇して-被災地からの提言」との題した講演を通して、被災地の現状が説明された。
大下氏は「まだ先が見えない原発事故の影響は、東北ばかりではなくこれから私たちが向き合わなければならない問題です」と述べ、日本全国で原発が稼働し続けている現状を脱し、再生エネルギーに転換していく必要性、キリスト者それぞれが脱原発の信念を固くもって偽りの情報に流されないようにすることを強く呼びかけた。
南相馬市は鹿島区、原町区、小高区の三つの区域に分かれており、そのうち小高区だけに避難命令が出されている状態にあるという。小高伝道所では、3月11日の大震災の状況以降片付いておらず、避難勧告で町に入れない状態が8カ月以上続いているという。
大下氏は、大震災による原発事故を通じて、「放射能がいかに怖かったか。自分たちの生活の中で本当に必要でないものが、自分たちの町にあったのだということが分かった」と述べた。
3月15日には、福島原発の原子炉が爆発したというニュースが流れ、小高区では避難パニックとなり、ひとりが「危ない」と言ったとたん、皆が車に乗って避難しようとしたという。その蒼然たる状況を見て、大下氏は「人間がパニックになるというのは、こういう事なのかと感じました」と証しした。
小高区は未だ生活ラインが整っておらず、町には人が住めない状態が続いている。また福島県内の学校給食などでは、教育関係者は「地場産」が良いと言ってはいるものの、生徒の保護者が団結して地場産の野菜を拒否している状況にあるという。
避難生活を送っている人たちの中にも、国が本当に最後まで損害を補償してくれるという確信が全くなく、被災地域の人々の生活に関して「年が経過するにつれて風化されてしまうのではないか」という懸念が高まっている精神的に不安な生活を送っているという。
大下氏は、今私たちができることとして、「このような事故が起きて、人間が扱ってはいけないものを扱っているのだという認識の上で、声を上げていかなければならないのではないでしょうか」と述べた。
今回の大震災では福島原発で事故が生じたものの、原発は日本全国で稼働しており、実際日本全国どこでも同じような事故が起こり得る可能性を秘めているのではないかと懸念を表明した。大下氏が滋賀県で講演を行った際も、滋賀県琵琶湖から取っている飲料水が、琵琶湖の先に存在している原発で事故があれば、引用できなくなり、滋賀県の人々は生活できなくなるという懸念を抱いていることを聞かされたという。
福島県内では未だに原発から60キロメートル以内で高い放射能が放出されている状態であり、また福島原発からの放射能漏れはまだ止まったわけではなく、冷却状態になった、安定期に入ったと報道されたといっても「放射能は未だ出し続けている」ということを良く認識する必要があると訴えた。
大下氏は国や地方自治体が放射能についてどこまで責任を持って安全性を主張できているのかにも懸念を抱いているという。福島原発での汚染処理作業に従事する人の月給は70万円にも上り、「福島県で月に70万円稼ぐというのは大変なことで、70万円という月俸がもらえるという意味では企業と労働者が『おんぶにだっこ』している状態である」と懸念を表明した。原発の作業所では、放射能被曝の規定値・許容範囲を超えたら、原発作業の仕事を退職しなければならないが、原発関係の労働者は名目上退職し、また別の原発の作業場所に向かうという。それぞれの工場が定める規定地まで被曝したら出て行くという事を繰り返して作業を行っているため、被曝の規定値を超えたら作業を止めなければならないが、他の工場に行ったらまた被曝量がゼロに戻ってしまうので、労働者の内部被ばく率という点ではいいかげんな定め方しかされていないことを指摘した。
大下氏は、「このような原発の構造が解明されてくるごとに、『お金の魔力』ではありませんが、お金に縛られていたのではないかという事に気がつかされます。原発がなくなっては生活の糧がなくなるから働かざるをえないという労働者の状況を作り出してしまっています。今夏は知恵を絞って節電をして乗り越えることができました。乗り越えることができたということは、やはり原発は必要ではないのではないでしょうか。私たち人間で抑えられる力であれば、使っても構いませんが、人間が扱えないレベルの力に関しては、扱ってはいけないという自覚をしっかり持つ必要があるのではないでしょうか」と呼びかけた。
このような状況下にもかかわらず、強硬な手段を取り、利権のために原発を再開する可能性も大いにあり、「原発に関わる人たちは、今回の事故を反省して、原発は危ないという事を少しでもわかってほしいです。今回の事故で原発が壊れたから、『人間が作ったものは壊れるということを理解することができた』と思います。もし今回の津波と地震にも原発が耐え抜いたなら、日本はもっと更なる原発大国となってしまっていたかもしれません」と述べた。
福島原発事故による実際の被害を通して、大下氏は「私たちが原発とどう向き合って行けば良いかという事を考えていきたいと思います。今、私たちが何ができるのかという事を考えた時に、『声を上げていくしかない』と思います。次世代の子どもたちのために、声を上げて行くことしかできません。それが初めの一歩かもしれませんが、大きな一歩に変わっていくでしょう。いろいろなところで福島の人たちに『頑張って下さい』という言葉を聞きますが、実際に福島の人たちは今頑張っています。被災地へボランティアに来た方々が『頑張ってね』という挨拶をされますが、東北の人たちは実際これ以上何を頑張れば良いのでしょうか。もうすでに自分たちは頑張っているのではないかという思いがあります。それよりも『頑張っていますね』という言葉をかけられる方が非常に嬉しい言葉だと思います」と述べた。
大下氏は、「原発の問題に関して今こそ真剣に向き合っていかなければなりません。正しい知識を得て、政府や原発関係者に振り回されずに、普通の生活を送るためにはどうすれば良いかという事を考えていかなければなりません。今原発に関してキリスト者が声を上げなければいつ声を上げるのでしょうか?1年後に声を上げようとなった時には徐々に風化していくでしょう。今は7万人の人たちが避難しています。小高区では1万人が色々な所へ避難しています。被災者の人たちは、政府の補償金が欲しいのではなく、普通の生活がしたいのです。今は希望を捨てざるを得ませんが、それでも避難している人たちは、新しい土地で生き始めています。それを是非応援してほしいと思います。放射能の除染活動はあくまで一時のものです。本当に自分のからだ、心を守るという点において、本当に必要なのは、お互いが助け合って、相手のことを考えるという気持ち、行動なのではないでしょうか。同じ神様に作られた人間として、歩んでいるという事を覚えてお祈りいただければありがたいです」と述べた。
原発廃止に関しては、10月17日には日本キリスト教協議会平和・核問題委員会委員長の平良愛香氏が、野田佳彦首相に対し、「脱原発政策を実現し、また核の輸出をいますぐ止めて下さい」との書簡を送付しており、その中で「日本政府が再生可能な本当のクリーンなエネルギーに移行する政策を取り、世界の脱原発をリードし、原発に頼らない持続可能で平和な社会を築く手本を示されることを切に願います」と訴えた。
また日本カトリック教団は11月8日に、宮城県仙台市で行われた特別臨時司教総会において「いますぐ原発の廃止を-福島第一原発事故という悲劇的な災害を前にして」とのメッセージを、北海道から沖縄まで16の教区に存在する17人の現役司教による合意を得た司教団メッセージとして発表した。
さらに4月から脱原発を目標に活動してきた「原発体制を問うキリスト者ネットワーク(CNFE)」(崔勝久代表)は、11日に日本、韓国、モンゴルのクリスチャンが連帯して脱原発の動きをして行くことを表明し、共同宣言文を発表した。
今回の講演会の司会役を務めた北千住教会牧師の平沢功氏は、「他の教団も脱原発の方針を出されていますが、それがそれぞれの各個教会までどう浸透していくかというのが問題だと思います。教団として声明を上げるのも大事ですが、そのことをそれぞれの教区、教会でどのように受け止めていくべきか。各個教会はそれぞれ忙しく、礼拝が終わるといろいろなことがあって、脱原発について落ち着いて話すことができないという教会も多いのではないでしょうか」と指摘した。
大下氏は、「脱原発という方向性については、キリスト者だけではなくそれぞれの宗教者が連帯し始めています。それぞれ個人で正確な情報を得ることができ、惑わされないという強い信念をもっていくことが大事だと思います。そのような正しい知識と強い信念をそれぞれがもっていけば、小さい声が大きな声になっていくのではないかと思っています」と述べた。
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