3日、聖書考古学資料館(東京都千代田区お茶の水クリスチャンセンター内)は、第18回聖書考古学セミナー第一回目として「前8世紀の北イスラエル王国とカナンの宗教」と題したセミナーを開催した。
聖書考古学資料館(TMBA)館長津村俊夫氏は、第一回目セミナーにおいて旧約聖書の預言者ホセア、アモスが生きた時代とその時代背景、生活習慣について考古学的側面から解説を行った。
旧約聖書の御言葉を読む際に、現代社会に住む私たちが、当時の時代背景、生活習慣や風俗を理解した上で読むことで、その時代になされた預言の深さや切実さがより正確に伝わるようになる。
津村氏は、預言者ホセアとアモスが生きた紀元前8世紀のイスラエルの時代背景について、近隣諸国との関係性やイスラエルの民の偶像崇拝がどれほど深刻なものであったかについて詳細な解説を行った。
紀元前8世紀のイスラエルは、約100年間の繁栄した時代を経て、北は新アッシリア帝国、南はエジプトという二つの大国に挟まれた状態で存在しており、エジプト侵攻を目指す新アッシリア帝国による侵攻の危機に直面していた。
このような時代にあって、イスラエルの民が100年間の繁栄の間に安寧をむさぼり、いかに異教の神への偶像崇拝を行い堕落していたかが考古学の背景に即して解説された。
アモス書1章1節には「テコアの牧者のひとりであったアモスのことば。これはユダの王ウジヤの時代、イスラエルの王、ヨアシュの子ヤロブアムの時代、地震の二年前に、イスラエルについて彼が見たものである」、同4章1節には「聞け。このことばを。サマリヤの山にいるバシャンの雌牛ども。彼女らは弱い者たちをしいたげ、貧しい者たちを迫害し、自分の主人たちに、『何か持って来て、飲ませよ。』と言う」と書かれてある。
実際紀元前8世紀には、紀元前10世紀に比べ、大きな家が発掘されており、富裕層が豊かな生活を送っていたことが遺跡から伺えるという。津村氏は聖書の預言書に書かれてあるメッセージを深く理解するためには、「いつの時代に語られたのか」「時間を超越した普遍性が見いだせるか」および「現代の私たちが置かれている社会状況にどのように当てはめられるか」を考えながら読むことが大切であると指摘した。
イスラエルが繁栄した100年間の間に、贅沢な建物が建てられ(ホセア8・14、アモス3・15)、娯楽や宴会に入り浸り(イザヤ5・11-12、アモス6・4-6)、不当な利益を追い求めたり人を欺く行為が横行し(アモス8・5、ホセア12・7、ミカ2・2)、さらに異教の神への祭りが行われ(アモス4・4-5、5・5)、信仰が儀礼的になり(アモス5・21-24)、暴虐と暴行が行われるようになった(アモス3・10)ことが預言書に書かれてある。
津村氏は、「このようなイスラエルの民の信仰が腐敗した時代背景は、今の私たちの住む国々にも当てはまることであり、経済的な繁栄から来る堕落がどのようなものかが示されてある」と聖書の御言葉の普遍性を指摘した。
信仰者の姿勢として、儀礼的な信仰となるということは、神に喜ばれる心からの礼拝ではなく、表面的な礼拝のことを意味しており、預言書で示されている堕落した状態は、決して物理的なテロが生じていることを指しているのではなく、神の民の「霊的な堕落」について述べられていることを指摘した。
アモスは南ユダ王国のテコア出身で、北イスラエル王国で預言活動に携わっていた。一方ホセアは北イスラエル出身で自国で預言活動に携わっていた。アモス書6章3節およびホセア書4章Ⅰ-2節ではイスラエルの民が神を知ろうとせず、暴虐の時代を近づけている目を覆いたくなるような様子についての預言が書かれており、神を信じる者のひとりが悪ければまるで全ての民が悪となるかのような誇張表現のようにも聞こえるが、津村氏は「これは決して誇張ではない」ことを当時の時代背景と対比して説明した。
実際紀元前8世紀のカナン地方では、様々な神々の崇拝が行われていたことが考古学的に明らかになっている。津村氏は旧約聖書の預言書について「当時の人々だけにではなく、現代の私たちに対しても語られているメッセージである」とし、「聖書を良く学びながら、その背景も学ぶ必要がある」と指摘した。
このような異教の神々を崇拝し、アッシリアとエジプトに挟まれていた時代背景を知ることで、預言者らがこのような預言をせざるをえなかった必然性をより深く知ることができるという。
また異教の神々に頼ろうとするイスラエルの民に対し、預言書では、裁きが起こることを警告しつつも、神の民の悔い改めを通して回復もなされようとしている神様の御心が見出されるとし、神の民の罪を憎みつつも、罪人をこよなく憐れまれる神の姿が語られていると指摘した。
新アッシリア帝国がイスラエルの領地に侵攻しようとしていた最中で、預言書を通してイスラエルの民が神に頼ろうとせず、エジプトや異教の神々に頼ろうとするなど信仰が揺れ動いていた姿が、預言書と考古学による時代背景から見いだせる。
アモス書5章4~5節には「まことに主は、イスラエルの家にこう仰せられる。『わたしを求めて生きよ。ベテルを求めるな。ギルガルに行くな。ベエル・シェバにおもむくな。ギルガルは必ず捕え移され、ベテルは無に帰するからだ』」との信仰の揺れ動く神の民に対する切実なメッセージが語られている。
津村氏は、当時の信仰の揺れ動く神の民の様子は、現代の私たちにも当てはまるとし、「偶像崇拝とは見えないお方を別のもので置き換えることであり、別のものに置き換えるとき、自分で作ったものに信頼するようになり、見えないお方が本当に見えなくなり、自分で作って信頼するものによって影響されるようになってしまう」と警告した。
11月21日に行われる次回のセミナーでは「預言者ホセアと豊穣儀礼」について考古学の知見と預言書の御言葉が照らし合わせて解説される予定である。詳細はTMBAホームページ(http://www.tmba-museum.jp/)まで。
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