6月12日、世界中のキリスト教会で聖霊降臨祭が祝われた。聖霊降臨祭はイエス・キリストの昇天後、過越祭から数えて50日後に主に祈りを捧げていた信徒らの間に聖霊が降り注いだ奇跡を祝う祝祭であり、イースター、クリスマスと並ぶキリスト教の三大祝祭日のひとつである。17日、日本基督教団富士見町教会(東京都千代田区)主任牧師で、「母と子を守る会」委員長である倉橋康夫氏は「聖霊が語らせる言葉」と題して同教会にて「母と子を守る会」初夏講演会を行った。
倉橋氏はノンクリスチャンや教会にあまり通っていない聴衆のために、聖霊降臨祭について、キリスト教は世俗史と救済史がところどころ絡み合っていると捉えられており、歴史のところどころに神の救済史がエポックとして出てきており、世界の歴史そのものが神の支えと導きの下にあるというキリスト教的歴史観の解釈の仕方を説明した後、「聖霊の時代」である現代の時代が訪れた聖霊降臨祭の出来事について、ユダヤ教の過越祭と対比させてわかりやすく説明した。
ヨハネ福音書14章から16章にかけてイエス・キリストは弟子たちに聖霊の働きについて説明している。同箇所では、「聖霊は真理をことごとく悟らせて下さる霊であり、イエス・キリストに関するすべてのことを教え、真理を明らかに悟らせて下さる」ことが説明されている。ヨハネ3章16節には「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」と書かれてある。
使徒のはたらき1章ではイエスが苦難を受けた後、40日間にわたって弟子たちの前に現れたことが記されている。イエスの昇天後、弟子たちが共に心を合わせ、祈りに専念していたところ、50日目に一同が聖霊に満たされた。ユダヤ教における過越祭は春分の日以降の満月直後の土曜日から行われる規定となっているが、イエスが十字架に架けられたのは、ちょうどユダヤ教の過越祭の始まる直前の金曜日であった。そして過越祭から数えて50日目の五旬節の日に合わせて聖霊が一同の上に降り注いだのである。
使徒の働き2章では「天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった」と書かれてあるが、炎というものは、モーセが柴の中の炎に神を見た(出エジプト3・6)ように、「神の臨在」をたとえている。また、「他国のことばで(使徒2:4)」とは意訳であり、原語は「他の舌で」、つまり私たちが話している舌の動かし方とは別の動かし方によって話し出したという意味で書かれてある。聖霊が降り注いだことで、今までの世にあった価値観が激しく揺り動かされ、イエスが主であることを聖霊によって悟らせるように変えられる新しい世界が開かれた。
人たちが一つのことばで話し、一つの民となって築いたバベルの塔の話が創世記10章に書かれてあるが、聖霊が降臨することで「みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに(使徒2・4)」、「他の舌で」話す奇跡が生じるようになった。ペテロ使徒はこの奇跡が生じて後、「あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました」と大胆に証しした。
イエス・キリストによって人間の痛み、苦しみ、死と罪が取り除かれ、聖霊による新しい時代が開かれた。
倉橋氏は「喜びや楽しみを共有することでもひとつになることができるが、後からその感覚がまやかしであったことに気づくようになる。しかし、痛み、苦しみを共有するとき、私たちは真に分かり合い、ひとつになれるのではないか」と述べた。苦しみや悲しみの極限が罪と死である。このような苦難に耐え抜き栄光の座に着かれたイエス・キリストの奇跡について同氏は「すべての人が本来聞く耳をもっているはずである」と述べ、福音は「本来すべての人間に届くはずのことばであるからこそ語り続けられてきたのであり、福音を伝えることで壁に行き詰る必要はない。聖霊の支えと導きによって福音はすべての人間に届けられるべきものである。福音は聖霊が語らせることばであって、人間の根源に届くことばである」と述べた。
パウロ使徒はコロサイ人への手紙4章6節で「あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります」と述べている。講演の最後に倉橋氏は、私たちのことばが聖霊の塩で味付けられ、聖霊によって支えられている御言葉を身近に感じて日々の生活の歩みを進めていくことができ、キリスト教信仰に立脚して『母と子を守る会』の活動が広げられていくことに願いを込め、祈祷を捧げた。
なお、東日本大震災が生じたことについて倉橋氏は「天罰である」という解釈は間違いであり、「人間の力や科学の力を過信してきたことへの反省の意味で神の御旨は背後にあるであろうが、(被災地で多くの無実の子どもたちが死亡したことなどについて)私たちは捉えきれない神の御旨を信じるしかない」と言及した。
「母と子を守る会」は1965年富士見町教会島村亀鶴牧師を初め、教会婦人有志の「母と子をキリストへ」との願いをもって祈りと奉仕によって発足された。「子どもが危ない」「家族が危ない」と言われる現代社会の危機的状況に立ち向かうべく、新しい時代に相応しいプログラムと実践のために、様々なキリスト教教師の知恵や経験を基に活動している。
聖書に示されている愛の言葉に基づいて、「家族力」を養い、子どもたちが真の神を畏れ、人を愛し、心豊かに育っていくための役割を担っており、今後の活動のさらなる充実発展を目指している。同会では毎年1回の総会と春秋2回の講演会が開催される。9月30日には、鶴瀬恵みキリスト教会(埼玉県富士見市)牧師の堀肇氏による「今、家族を考える」と題された秋期講演会が同会によって行われる予定である。
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