ビル・ウィルソン東京大会2007(会場:東京・永田町の星陵会館)が開幕した10日、同大会開催の発起人の一人である万代栄嗣師(福音センターグループ主任牧師)が午前のセミナーにおいて講演を行った。万代師はインドで初めて開催した野外集会において熱中症にかかってしまった自身の体験を振り返り、「あのときほどみじめなときはなかった。しかし神さまが私の祈りを聞いてくださり、あの場で御言葉を語る力を与えてくださった。神さまの力に頼るときに逆境を乗り越えることができる」と証し。神に栄光を返した。
ビル・ウィルソン東京大会2007のテーマは、「逆境をはね返す大成功の法則」。ウィルソン師は13歳の時に母親によって捨てられたが、その後一人のクリスチャンによって助けられ、牧会者の道を志すようになった。現在は米ニューヨーク市のブルックリンで2万2000人以上の子どもたちを育成する世界最大級の日曜学校を展開している。万代師は、ウィルソン師が数々の逆境を乗り越えて今に至っていることを証しし、「逆境が皆さんの人生を作り上げます。神さまと出会えば変わることが出来るのです。逆境の中でも幸せに生きられる秘訣をこの2日間でウィルソン師から学んでください」と語った。
さらに万代師は、自身が試練を経験し、その逆境の中で神に出会い、強く成長した出来事について語った。現在巡回伝道者としてインド、カンボジア、マレーシアなどアジア各国を中心に伝道集会を催している万代師が、10年間の下準備の末にインドで最初の野外集会を開催した時のことだった。チュンナイ(マドラス)のバスターミナルにステージを設置し、5000人規模の伝道集会を3日間連続で行うことになっていた。しかし、現地についてみると気温が45度前後あり、しかも当時の街にはクーラーが備え付けられたレストランもホテルもなければ冷蔵庫の温度も25度という最悪の状況だった。結局万代師は熱中症にかかってしまい、食べ物を受けつけることができなくなったどころか水さえ飲めない状態に陥ってしまったという。
けれども伝道集会の時間となり、熱中症でふらつく身を必死に起き上がらせてとりあえず会場に向かうことになった。感謝すべきことに会場には5000人以上が集まっており、さらには外にまで人が溢れているほどだった。しかし、やる気がしない。椅子に座ったものの太陽の暑さで完全に伸び上がってしまった。賛美、献金、とりなしの祈りが行われ、司会者が「パスターエイジマンダイ!」と叫んでいることは聞こえても、体が言うことを聞かなかった。「説教なんてできる状態ではなかった」と万代師は語る。
そのとき万代師は神に祈った。「神さま、本当にみじめです。何のための10年間だったのでしょうか。これからインドの救いが始まろうとしている時に、なぜ今このような状態にならなければならないのでしょうか。みじめです。みじめです。みじめです・・・」。そして、「もし今わたしに高ぶりがあるならば悔い改めます。しかし今1時間だけ私を立たせてください。多くの人が救われても私は高ぶりません。全ての栄光をイエス様に返します」とこころの中で神に叫んだ。
そして舞台に立った。聖霊が、背中を押した。聖霊が語るべき御言葉を語らせ、1時間半の間一気に言葉を走らせた。周囲では悪霊につかれていた人が倒れ、背中にこぶがあった人のこぶがとれ、癒しの御業が引き起こされたという。しかし講演が終わるとまた力がなくなり、倒れるように車に乗り込んだ。けれども2日目も3日目も説教のときになると聖霊が言葉を語らせ、癒しの奇跡を引き起こしたという。「結局集会が行われた3日間は飲まず食わずで過ごしました。ただ説教ができますように、そして病気の人たちが癒されますようにと祈り続けていました」と万代師は目に涙を浮かべて証しした。
「あれほどみじめな3日間はなかった。あれが私が経験した最大の『逆境』の場面だった」と万代師は語る。さらに、「インドでの大きな伝道が始まるその出発の時を前にして、『高ぶってはいけない。私の力に頼りなさい』と神さまが忠告してくれた」と万代師は語った。「逆境をはね返す力」とは何か。「それは神さまに根本的にゆだねることだ」と万代師は参加者らに呼びかけた。
最後に万代師は、ルカの福音書15章にある放蕩息子のたとえを取り出し、「いつも誰かと一緒に成功することを目指してください」と訴えた。「クリスチャンの本当の幸せとは自分よりも弱い人と一緒に幸せになることです」と万代師は語る。万代師は、社会的弱者の立場に立つスラム街の貧しい子ども達を助け、その子らと一緒に幸せになることを願っているビル・ウィルソン師の生き様を証しし、「彼の体当たりの人生が私たちのこころを開いてくれるはずです。この大会が皆さんが変わることができるきっかけになることを願います」と語った。