前回まで9回にわたり昭和のホーリネスのリバイバルを検証しつつ、日本のこれからのリバイバルの可能性について論じさせて頂いてきました。この最終稿も当時と現在を比較してリバイバルを展望して筆を置きたいと思います。
まず、リバイバルの後、しばらくして教団が分裂して、そのまま当時の国策で発足した日本基督教団に組み込まれた旧ホーリネス系諸教団は、特高警察から昭和17年6月26日に宗教弾圧されました。
それには伏線がありました。昭和8年にはナチスドイツにより、ドイツのエホバの証人約1万人が逮捕されて約2000人が虐殺されました。その動きと連動して日本の特高警察は、日本の灯台社(エホバの証人)130人を不敬罪で検挙しました。当時の特高警察のコメントでは、ナチスドイツ政府と連動しての一斉検挙であることが判明しています。また、エホバの証人弾圧は2度にわたりました。
旧ホーリネス弾圧は、これを手本として行われたことに留意すべきです。日本の旧内務省(現代では総務省が内務省の復刻版として再編)特高警察は、エホバの証人とホーリネスの再臨観を注意深く比較検討し、昭和16年に拡大改正された治安維持法を思想弾圧に適用したのです。
現代はどうでしょうか。地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教が、公安調査庁、警察庁等により一斉検挙されました。犯罪を犯したので当然のことですが。それに先立つ数年前には、宗教法人法が改正され、靖国神社是非論議や憲法改正論議もタブーではなくなっていました。
当時のヨーロッパ社会では、ユダヤ人を600万人虐殺したナチスドイツだけがユダヤ人を否定した訳ではありません。実は歴代のローマ教皇の中で最も敬虔で聖いと評されたピウス12世は、その在任中、ナチスドイツのユダヤ人虐殺に対して故意に沈黙を守っていました。彼が第一次大戦後に教皇庁のドイツ大使として滞在していた時に、ドイツの社会主義革命を推進していた多くのユダヤ人に命を脅かされる体験をして、それが教皇のトラウマとなり、ユダヤ人全体への憎しみとなり、カトリックをしてナチスドイツのユダヤ政策に沈黙をさせたという事実がその背後にあります。
しかし、不思議なことに当時は、英国でも日本でも米国でも、神学校から派生したリバイバルの中で、ユダヤ人の救いのための祈りが捧げられ、戦後、世界中に離散していたユダヤ人が父祖の地へ帰還してユダヤ人国家の誕生をみました。現代は初代教会の再来とでも言えるほど、ユダヤ人でありながらイエスを救い主と信じる多くの者が興されている時代でもあります。
一方、現在は、ナチスドイツの時代よりも、もっとユダヤ人が世界の教会内外から悪者扱いされている時代であると思います。例えば、金融恐慌の裏にはユダヤ人がいるとか、パレスチナ紛争の責任はイスラエルにあるとか、イラク戦争を推進したネオコン=ユダヤ人はイラクに米国を引っ張り込んで泥沼化させているなど、枚挙に暇がありません。日本のメルマガでも、「シオンの議定書」を種本としたかなり偏執的なユダヤ人批判とセットされ、日猶同祖的なリバイバル待望論がネット上を飛び交っています。
しかし、真摯なユダヤ人伝道の働きもまた、日本の教会の中から多数生まれて、メシヤニック・ジューとの関係がこれほど広範囲に持たれている時代はないことも事実です。しかもアジア諸国の大きなキリスト教会と比較して小規模な日本の教会が、アジアでは一番ユダヤ人伝道にコミットし、献金し、往来を重ねているのです。
中田重治監督がその生前に希望していたことが、数十年を経て実現してきています。かつてのリバイバルにおいては、日本をリバイブし、イスラエルを救いたまえと熱祷していました。しかし、今はイスラエルを救って下さいと他民族のために祈れば、必然と返す刀で同様に我が同胞日本の救いを祈らずにはおられないというお証しをたびたび耳にします。
最後に、日本のリバイバル、イスラエルのリバイバルを求めていくために、またかつての旧ホーリネスの軌道をそのまま繰り返さないための提言を3点ほど神学的な観点から略述提起して筆を置きます。
まず第一に、聖書論の欠如に陥らないこと。当たり前のことですが、神の啓示としての聖書、聖書の正典性、真作性や信頼性、霊感の教義を信じて、ユダヤ人や同胞の伝道に当たること。
第二に、教会論の欠如に陥らないこと。パラチャーチや各種団体全盛の時代ですが、教会の定義、設立、礼典、その使命と将来など、明確に把握してイスラエルと教会のパートナーシップを育てていくこと。
第三に、終末論の定義の多様性の中にあっても、聖書の終末論は、それを聖書の啓示全体の要として捉え、聖書のメッセージ全体に行き渡り、支配している教理として捉え、多様性を受容し、非寛容、排他的に陥らないこと。
2000年の歴史を持つキリスト教からみれば、日本のプロテスタントはたかだか150年の歴史、宣教110年の歴史を持つ現ホーリネス諸教団でも数世代しか宣教歴はありません。ただし、かつてのホーリネスのリバイバルは将来の日本のリバイバルにとっては、良い意味でも逆の意味でも日本の教会にとって、鍵としての十分過ぎるほどの事実を突き付けてくれます。これに学ばないことはありません。なぜなら待望の祈りが満ちつつあり、リバイバルの足音が日本にも近づいているからです。
田中時雄(たなか・ときお):1953年、北海道に生まれる。基督聖協団聖書学院卒。現在、基督聖協団理事長、宮城聖書教会牧師。過疎地伝道に重荷を負い、南三陸一帯の農村・漁村伝道に励んでいる。イスラエル民族の救いを祈り続け、超教派の働きにも協力している。