「神は決して目に見えないはずですが、ここに立つとまるで身近に見えるようです」――教皇ヨハネ・パウロ2世はシスティーナ礼拝堂(バチカン)の天井画を見上げ、こう感想をもらしたという。
大塚国際美術館(館長:大塚明彦、徳島県鳴門市)で1日、これまで日本では見ることが出来なかった、歴史上たぐいまれなる美術作品、システィーナ礼拝堂の陶板による天井画が完全な形で再現された(写真=大塚国際美術館提供)。これまで「天地創造」と「最後の審判」だけが公開されていたが、開館10周年にあたる今年、遂に残りの「5人の巫女と7人の預言者」「キリストの先祖たち」「イスラエル救済の奇跡の物語」の3つが完成し、ミケランジェロの描き上げた神の手による壮大な世界を体感できるようになった。
天地創造からアダムの誕生と堕落、大洪水による人類の滅亡、ノアの箱舟、新たな地での再生、アブラハム・イサク・ヤコブ・ヨセフなど、信仰の祖先を描いた天井画『創世記』と、救い主イエス・キリストを中心に、審判の時を告げる天使たちや天に引き上げられる人々、罪人たちが地獄に運ばれていく姿や、復活する肉体など、登場人物400人を超え全てのいのちが凝縮し描きだされた正面祭壇画『最後の審判』に多くの人が感嘆の声を上げる。
そして今回、救世主が現れ人々を罪から救うと預言する姿を描いた『5人の巫女と7人の預言者』、ダビデをはじめとする英雄像『キリストの先祖たち』、そして神の勝利を物語る旧約聖書の奇跡『イスラエル救済の奇跡の物語』が加えられ、宇宙創造の最初の瞬間から、終末の最後の時までを結ぶいのちの歴史の流れが表されるようになった。
システィーナ礼拝堂の天井画再現の影には、数々の困難にチャレンジし続けた技術者の姿があった。
これまで天井から壁にいたるアーチ型の二次曲面部分と、角の部分に当たる三次曲面(スパンドレル)部分は、微妙な反りを含むため陶板での再現は技術的に困難であった。
陶板画とは、セラミックで出来た板に原画の写真を忠実に転写し、細部に至るまで幾度もレタッチを重ね、限りなくオリジナル作品に近づけた美術作品のこと。
製作にあたった大塚オーミ陶業株式会社の信楽工場で取締役兼専務執行役員製造本部長を務める的場幸雄氏は「一枚の陶板画を曲面に合わせて曲げ、張り合わせていく作業の中で一つの正確な型に合わせなければならないのだが、図面上では計測しきれない部分があった」と製作の難しさを語り、「三次曲面、どうしてやろうかな、どうしてやろうか」と製作当時の試行錯誤していた思いを告白した。
工場で作業する25名全員で試行錯誤を続けた結果、遂にスパンドレルの製作に成功。完成したシスティーナ礼拝堂の再現に「臨場感がうまくでた」と製作者として最後まで力を注ぎ続けた感想を語った。的場氏はクリスチャンではないのだが、キリスト教芸術を理解するために聖書を読んだと、真摯な姿勢で製作にあたった。
「この天井をみれば、われわれ人間がどれほどのことができるかがわかる」と文豪ゲーテが驚嘆したというシスティーナ礼拝堂天井画の完全再現を終え、生まれ変わった大塚国際美術館システィーナ・ホール。同美術館がホームページで行っている館内のバーチャルツアーでの拝観はまだ計画されていない。「実際に足を運んで直接見てほしい」と広報担当の宮本氏は語る。
同美術館では10周年記念事業にあわせて4月から6月にテーマ「ルネサンスの三大巨匠」と題し、ミケランジェロを中心にしたルネサンスを代表する画家、「最後の晩餐」のレオナルド・ダ・ヴィンチや「アテネの学堂」のラファエロの作品の展示解説を実施する。
システィーナ礼拝堂で天井画を描いたミケランジェロ・ブオナローティ(1475〜1564)は、彫刻家、画家としての顔以外に、建築家としての才を持ち、人物彫刻の最高傑作である不朽の名作『ダビデ』やキリストとその死を嘆くマリアを生きているかのごとく精密に彫り上げた『ピエタ』など、数多くのキリスト教芸術を残した。1508年に教皇ユリウス二世(在位1503-13)の命を受け、わずか4年間で大フレスコ画を描き上げた。