――千葉先生の著書『「未完の革命」としての平和憲法』(岩波書店、2009年)の第6章で、千葉先生は平和主義の類型をいくつか挙げておられます。その中でも、またその章の注の中で千葉先生が言及しておられた、山室信一著『憲法9条の思想水脈』(朝日新聞社、2007年)には、キリスト者やキリスト教の影響を受けた人たちの平和思想がいくつか出てきます。
昨年7月には、憲法学者でクリスチャンでもあるICU教授の稲正樹先生にインタビューさせていただき、日本国憲法の背景にキリスト教の影響があるという指摘についてお尋ねしましたが、稲先生からは、「直接的な影響というよりも、平和主義思想という形で考えてみますと、もちろんキリスト教徒が考えていた平和思想、内村(鑑三)なり何人かの方たちの平和思想というのも考えることができるかと思います」というお答えをいただきました(関連記事)。
平和憲法の背景にある平和思想の中で、特に内村鑑三らキリスト者の平和思想にはどんなものがあり、またそれらは平和憲法にどのようなつながりがあり、平和憲法にどのような影響を与え、そして今日どんな意味を持つのか、お話をお伺いしたいと思います。
千葉氏:山室信一さんの『憲法9条の思想水脈』、これはいい本ですよね。稲先生も、日本国憲法、特に9条の背景にキリスト教の影響があるのではないかということで、日本国憲法が作られたことに対して直接影響があったというよりは、平和思想の影響という形で考えてみるとつながりがあると。私もこれに賛成です。そのつながりでいえば、いろんな人がいると思います。クリスチャンだけではないですよね。例えば、中江兆民の中に平和思想がありますし、彼はクリスチャンではなくて共和主義者です。それから、西周(にし・あまね)という人がいます。彼もクリスチャンではなかったと思います。彼の中に、ものすごい平和主義、カント主義的な平和主義があります。そういう形で、明治・大正、そういう人たちの中にこういう平和主義があり、それがやはり日本の戦後の平和思想の土台になっていったという面がたくさんあるのではないかと、私は思っています。その中でキリスト者も非常に大きな影響を与えて、植木枝盛とか、安部磯雄とか、それから内村鑑三とか、この辺りの人たちはキリスト教的なバックグラウンドから平和思想にいきました。
とりわけ、徹底的平和主義という感じで、単なる反戦主義とか、戦争は嫌だという厭戦(えんせん)思想よりもはるかに強い平和主義が、こういうキリスト者の中から出てきた。共和主義者やカント主義者からも出てきましたが、その一つは非武装平和主義で、武装なしでいいのだという思想です。こういう考え方、内村の中にも武装解除というか、そういう考え方があります。
それから非戦論。戦争は絶対やらないという非戦論。この中には矢内原も入るし、田畑忍、同志社の憲法学者ですけど、彼は(日露戦争の際に良心的兵役拒否を初めて行ったといわれる矢部喜好牧師の門下生の)クリスチャンではなかったでしょうか。それから石橋湛山は、仏教徒で政治家・ジャーナリスト。石橋湛山は熱心な仏教徒です。そういう人もその中には入っているわけです。
それから非暴力(non-violence)。ここにもいろんな人が入っていて、ガンジーやキング牧師に非常に影響された人たち。そして無教会では、内村鑑三はどちらかというと、non-resistance(無抵抗主義)という言葉を使いました。しかし、その中にはトルストイのように、常に無抵抗というのではなくて、非暴力的な抵抗も意味することもあって、概念的には曖昧です。ただ二世代目の矢内原・南原には、あまり非暴力抵抗というのは出てこないですが、少し下の政池仁、それから鈴木弼美(すけよし)。基督教独立学園という山形の高校をつくった人ですが、それから安芸基雄(あき・もとお)という人が、みすず(書房)でいろいろ平和思想の本(『平和を作る人たち』(1984年)、『花の幻 続・平和を作る人たち』(1985年)など)を書いていますが、そういう人たちは非暴力抵抗でなければいけないというので、内村・矢内原・南原をある意味で直接否定したり反対したりはしていませんが、それを超えて、むしろキング牧師みたいな立場に立ちました。
そして今のJFOR(日本友和会)という平和主義の団体がありますが、そこには教会の人と無教会の人が一緒になって、無抵抗主義というよりは非暴力抵抗の平和主義の議論と実践を行っているというのが現状ではないかと思います。
憲法学者や政治学者も、私の見る限り、みんな結構キリスト教のそういう展開に影響されています。日本の社会諸科学や人文諸科学にキリスト者が影響を与えた部分というのは非常に強いのです。
それからもう一つ、戦争廃絶の平和主義にクリスチャンが大きな影響を与えたと思います。これは、カントが戦争・軍隊をやめるべきだと、戦争の違法化ですね。outlawry of war というのですが、戦争を違法化する運動というのは、やはり一部カントから始まっています。standing army (常備軍)、軍隊の廃絶というのは今すぐできないが、という議論も、カントから始まっているのです。ですから、カントがキリスト教的な倫理思想を持っていますので、そういう影響があるのかなと思います。(続く:非戦型安全保障)