日本基督教団芦屋西教会(兵庫県芦屋市)で5月31日、日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)から医療従事者としてバングラデシュに派遣され、6年半にわたって活動してきた理学療法士の山内章子(あやこ)さん(日野キリスト教会会員)の報告会が行われた。山内さんは東京出身で、15年の病院勤務、5年の理学療法士養成校教員を経て2007年に派遣され、障がいをもつ人々へのリハビリテーションや理学療法従事者の育成・指導に当たってきた。
バングラデシュは人口が約1億6千万人で、そのうちイスラム教徒が約90%を占める。キリスト教徒は約0・3%とわずかだ。近年は年間約6%と急速な経済成長を遂げているものの、都市部から少し離れた農村部では、まだ電気がない生活をしている家もあり、全人口の約30%が1日100円以下の生活をする貧困層とされる。山内さんは首都ダッカから約100キロ北の都市マイメンシンを中心に、農村部で活動を行ってきた。
バングラデシュでは自宅での出産率は約8割に上り、出産後に子どもが息をしていなかったとき、医療に届くのが遅れて、障がいが残ってしまうケースがよくあるという。国立病院では日本円にして30円ほどで診察こそ受けられるが、検査代や薬代は実費で、例えば、レントゲンを撮るには約500円かかる。貧しい人々は、病名が分かっても治療できないなら病院に行っても仕方ないと思っている人が多いのが現状だという。調査では、人口に占める障がい者の割合は約10%(日本では約6・7%)とされているが、把握されていない数はもっと多いと感じられるという。
理学療法士とは、病気やけがによって、身体が動きにくくなった人に機能訓練を施し、どのように体を動かせば生活しやすくなるか、指導を行う専門家。日本では国家資格で10万人以上いるが、バングラデシュには1500人ほどしかおらず、希少な存在。そのほとんどが都市部などの病院や団体で勤務し、貧しい地域には人材が行き渡らない現状がある。そのため、地元の人を育て、貧しい地域にも障がいをもつ人々に理学療法を届かせることが必要になる。山内さんが育てたある男性は村々を訪ね、リハビリのことを伝えようとしているが、まだまだ障がいのある人は外に出さないという風潮が強く、何度も訪ねて家族を説得しているという。
リハビリテーションというもの自体もまだあまり知られていない。マイメンシンに行けば何か治療を受けられると聞いて、母親が娘を連れて2時間かけてバスでやってきたこともあるそうだ。麻痺(まひ)のある子の身体がどうすれば少しでも柔らかくなり、動きやすくなるのか、基本的なことを伝えたが、リハビリは1回では効果があるものではない。毎月続けて少しずつ効果が出てくるものである。「また来てくださいね」と伝えたが、残念ながらその親子は二度と来ることはなかったという。「父親や家族を説得して、必死で連れて来たんだと思います。でも、通い続けるのは難しかったと思います。2時間かけて来たということは、2時間かけて帰るんですから」と、山内さんは残念そうに語った。
山内さんは、バングラデシュにおける女性の立場についても語った。イスラム社会では女性を守ることが重視されるが、それがエスカレートして女性が社会に発言していくことがまだあまりない。決定権を持たず、家庭の中で意見をしたり、何かを決定することも難しい。障がいをもつ女性たちは家にこもり、それに疑問を感じることもない。人生を諦めて投げ出している人も多いという。ある村で出会ったリパという少女は、背骨が湾曲しているため、床に横になることができず、いつも座ってじっとしていた。何を語り掛けても答えず、ひどいうつの状態で、笑うこともなかったという。
しかし、彼女を障がい者センターのプログラムに招待したとき、初めて声を発し、笑うようになった。人と共に何かをして声を発することが、彼女を解放した。亡くなるまで、リパはプログラムに参加し続けたという。
またセンターには、障がいをもつ女性たちの「女性クラブ」があり、刺しゅうや、財布やかばん、カーペットを作る活動をしている。そこへ参加することによって、女性たちはどんどん変化していく。
「居場所を得て、自分たちの手で何か美しいものを生み出していく中で、自分は生きていていい存在であることに気付くのだと思います」と言いながら、山内さんは、12歳で妻も子どももいる男性と結婚させられたアルフィナという女性のことを語った。アフフィナは、夫と言い争う中で顔に酸をかけられ、やけどで片目を失明するほど重傷を負った。初めて山内さんの元を訪ねてきたとき、全身を覆う真っ黒なブルカを脱いで、「何とかしてちょうだい」と言った。人を信じられず、彼女の中に怒りが満ちているのを感じたという。その不信と怒りが、彼女を何度も山内さんの元へと訪問させた。
しかしある日、少し様子が変わっていた。目が笑っている。「どうしたの?」と聞くと、「『女性クラブ』に通い、編み物を習っているの」と答えた。ある日を境に、黒いブルカはピンクのブルカに変わり、やけどの顔を出しながら、バスに乗って外出するようにもなった。
障がいをもつ女性たちは歓迎されず、居場所が少ない。「女性クラブ」のような場所で、初めて歓迎され、「ここにいていいんだよ」と言われる。そこでほっとして変わって行くのだと、山内さんは語る。
また、現地で活動する超教派の男子修道会「テゼ共同体」の様子も紹介した。フランスに本部があるテゼ共同体は、世界各地でブラザーたちが活動しており、マイメンシンでは、4人のブラザーがイスラム教徒や少数民族、貧しい人たちの友として存在している。そして日に3度、沈黙のうちに祈りをささげ、シンプルに生活している。山内さんが月2回通っていた村では、リハビリ中に村人が笑い声や罵声を飛ばしてきた。ある母親は、「悔しい。でも、これはいつものことなんだ」と語った。障がいをもつ人が現地でどのように見られているのか、どれほど生きていくのが大変であるのかを痛感したという。
しかし昨年、障がいをもつ貧しい人々の友であるブラザー・フランクが亡くなり、その村で共に祈りをささげた際、一番多く集まったのは、村の女性たちだったという。
山内さんは、そこに新約聖書のマタイによる福音書5章9節「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子どもと呼ばれる」という言葉を感じたと話す。違いがありながらも、そこに平和が作られているのを見たという。「“違う”と言うときに、私たちはつい、”私の方へ来なさい”と言ってしまう。でも、私は飛び越えられない。あなたも飛び越えられない。違いを大切にすることが平和を実現することなのではないかと考えました」と話した。
山内さんは、今年2月に帰国し、その後2月末から3カ月にわたって全国の教会などで報告会を行ってきた。この日の報告会が最後となり、6月からはまたバングラデシュに戻り、活動を続けるという。
最後に「また行ってまいります」とあいさつすると、会場からは大きな拍手が送られた。
JOCSでは、バングラデシュなど海外での活動や、現地の若者の奨学金のために、寄付や活動を支える会員を募っている。詳しくは、JOCSのホームページまで。