パキスタン人のキリスト教徒で5児の母親でもあるアーシア・ビビさんは、これまでの下級審で冒とく罪のため死刑判決を受けている。死刑囚監房に入れられ、長年苦しんでいるが、13日に予定されていた最高裁での上告審が延期された。
最高裁のイクバル・ハミード・ウル・レーマン裁判官が、本件の担当から退いたためだ。レーマン氏が担当を外れたのは、過去にムムターズ・カドリ死刑囚の裁判を担当していたためだという。カドリ死刑囚は2011年、ビビさんを公に擁護していたパンジャブ州のサルマン・タシール知事を殺害した罪に問われ、最終的に絞首刑となった。
レーマン氏は首都イスラマバードの法廷で、「私は裁判官としてサルマン・タシール氏の裁判を聞いていました。ビビ被告の裁判は、その裁判と関係があるのです」と語った。
レーマン氏が審理の新しい日程を指定しなかったため、ビビさんは拘置所に戻された。
今後の展開はどうなるのだろうか? ビビさんは09年に投獄され、翌10年11月に死刑判決を受けた。容疑は、同僚の農場労働者との口論で、イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくしたというもの。ビビさんの同僚は、ビビさんがキリスト教徒であるため、彼女が使った器は「汚れている」として、その器で水を飲むことを拒否した。その時、ビビさんは、「「私は私の宗教と、人類の罪のために十字架で死んだイエス・キリストを信じます。あなたの預言者ムハンマドは人類を救うために何をしたのですか」と語ったという。
後にビビさんは法廷に引き出され、冒とく罪で有罪となり、死刑判決を受けたが、一貫して罪状を否認している。昨年、パンジャブ州ムルターン県にある拘置所の独居房に移されたが、自警団員に襲われたり、食事に毒を盛られたりする危険があるため、自身で調理することを許可されている。
迫害監視団体「リリース・インターナショナル」のアンドリュー・ボイド氏は13日、上告審の延期を受け、「彼女は6年間、死刑囚監房に入れられています」と述べ、ビビさんの裁判が速やかに前進する見込みが薄いとの見解を示した。
ビビさんの裁判は、パキスタンで最も注目されている冒とく裁判で、同国でこれまでに起きた中で最も悪名高い事例であることは間違いない。1987年以降、パキスタンでは1300人以上が冒とく罪で起訴されており、そのうちの不相応な人数がキリスト教徒で占められている。ビビさんの事件は世界的な注目を集めており、彼女の釈放とパキスタンにおける抑圧的な冒とく法の終焉(しゅうえん)を求め、国際的な声が上がっている。
しかし、パキスタンではイスラム教の強硬派が彼女を絞首刑にするため、躍起になっている。
キリスト教系の迫害ニュースサイト「ワールド・ウォッチ・モニター」によると、イスラム過激派グループ「スンニ運動」に所属する最高位のイスラム教聖職者150人が、ビビさんと冒とく罪で訴えられた他の囚人全員を絞首刑にするよう政府に求める声明を発表した。報道によると、イスラム教指導者らは宗教令「ファトワ」を発令し、冒とく罪に問われている人を救済した者や救済に協力した者も、全員が殺されるべきだと主張している。
パンジャブ州の州都ラホールにある「赤いモスク」の聖職者は13日、ビビさんが釈放された場合、ナワーズ・シャリーフ首相に対してファトワを発令するとも語った。
レーマン氏が利益相反を宣言することは事前に知られていたが、それを13日まで待った詳細な理由は不明である。「分かっているのは、(パキスタンには)極度の脅迫的機運があるということです」とボイド氏は言う。過去に暴動が発生したこともあったため、裁判所の周辺には13日朝、100人以上の機動隊員が配置された。この裁判をめぐっては、タセール氏の暗殺に加え、ビビさんを擁護していたシャバズ・バッティ少数民族相も11年に殺害されている。
冒とく罪に関する裁判では、近年、裁判に関係する人が60人以上も殺害されている。ボイド氏は、「冒とく者を殺すことが宗教的義務であると多くの人に信じられている地域では、自警の機運が高まっています。もし裁判所が冒とく者を死刑にしないなら、彼らが殺すでしょう」と言う。
そのため、冒とく裁判に携わるには堅固な勇気が必要だと、ボイド氏は話す。ビビさんのこれまでの裁判では、裁判官に彼女の死刑判決を支持させるため、イスラム過激派が裁判所に詰め掛け、裁判官を脅迫しようとする試みもあった。活動家らによると、イスラム過激派に命が狙われるため、部分的にでも有罪判決を翻した裁判官はまだ1人もいないという。
英国パキスタン・キリスト教協会(BPCA)のウィルソン・チョードリー会長は、英国クリスチャントゥデイに、「裁判官たちがおびえているため、正統な手段で裁判を実施し、正義をもたらすことが妨げられています」「この遅延は実に不自然に見えます」と語った。
13日に担当裁判官が退いたことは、勢いを増すパキスタンの過激派に拍車を掛けた格好だ。
裁判所が本件を積極的に引き受ける裁判官を見つけられない場合、マムヌーン・フセイン大統領は即時恩赦を発令し、ビビさんを釈放すべきだと、ボイド氏は言う。しかしそれは、イスラム教が急成長している現状では困難と見られる。
「冒とく法は、過激派の炎に油を注ぐような形で使われています。冒とく法は、ビジネスを引き受けたり、土地を獲得したりするためにも利用されています」とボイド氏。「ビビさんを無罪にするには、パキスタンの大統領に計り知れない勇気が必要です。冒とく法を廃止するには、首相に多大な勇気が求められます。そうだとしても、そうしなければなりません。大統領恩赦で不十分な場合、ビビさんの判決を覆すには、最高裁に多大な勇気が必要になるでしょう」 と語った。
ビビさんがラホール高裁に控訴した際、審理は5回も延期された。チョードリー氏によると、延期された期日の間にはそれぞれ約1カ月半の期間があった。チョードリー氏は、ビビさんの上告審の新たな期日を即刻設定するよう最高裁に促しており、BPCAは嘆願書への署名を呼び掛けている。
「この裁判が長引けば、その分、過激派はビビさんに反対する人たちをたくさん集め、ますます騒ぎ立てるでしょう」とチョードリー氏。これまで、ビビさんの裁判が延期されるたびに「イスラム教徒の勢いは増し、まるで自分たちの勝利が決まているかのようだった」と言い、「この裁判が長引けば、彼女の血を要求する過激派の数が増えることは間違いありません」と警鐘を鳴らす。
「私は、パキスタンの法的手続きが少しでも速く進むよう祈っています。(今のところ)ビビさんが唯一の無実の犠牲者ですが、(パキスタンが法律を修正しなければ)より多くの犠牲者が出るでしょう」
ボイド氏も同調した。パキスタンには冒とく罪で死刑判決を受けている人が少なくとも他に16人いる。「最高裁がビビさんを絞首刑に定めた場合、他の冒とく罪犯の処刑を早めることになるでしょう。他にも多くの人が死ぬことになります」
「これはパキスタンの魂を懸けた価値ある戦いなのです」。ボイド氏は、「その勝利は簡単には訪れないでしょうし、大きな代価を払うことになるでしょう。近年、冒とく罪の告発数は急増しています。11年には1件でしたが、14年には100件以上になりました。これは宗教的寛容さが低下していることを示しており、対処していかなければならない課題なのです」と語った。
国内でキリスト教徒に対する迫害が強まり、ビビさんの家族は死の脅威にさらされているにもかかわらず、彼らは信仰に固く立っている。リリース・インターナショナルの関係者らは、ビビさんの夫であるアシク・マシーさんと話をした。マシーさんの家族は、イスラム教に改宗するよう度々迫られているが、拘置所にいるビビさん同様、彼らも信仰に立っているという。
「彼らは勇敢ですが、私たちの祈りを必要としています」とボイド氏。「私たちが(ビビさんについて)目の当たりにしているのは、彼女が死に至るまで忠実な女性であるという事実です」