聖学院大学(埼玉県上尾市)人間福祉学部によるシンポジウム「いじめのない学校生活の実現をめざして」が10日、同大で開催された。大きな社会問題となっているいじめについて、福祉、心理、教育の各分野の専門家が講演し、学内外から110人が参加した。
「神を仰ぎ、人に仕う」という聖学院のスクール・モットーにのっとり、人と社会の可能性を開く福祉を学ぶ人間福祉学部には、人間福祉学科、こども心理学科、児童学科の3学科が設置されている。この日のシンポジウムでは各学科の教員が登壇し、それぞれの立場から、自身が取り組んでいるいじめの問題について講演した。司会進行は、同学部こども心理学科長の和田雅史教授が務めた。
最初に登壇した同学部人間福祉学科長の中谷茂一教授は、「いじめ問題の現状と相談先」とのテーマで話した。中谷氏は、文部科学省や警視庁のデータを使っていじめの定義の変遷を紹介し、文部科学省が調査した1985年から2015年までのいじめの認知(発生)件数の推移を示した。中谷氏は、11年に起きた大津市中2いじめ自殺事件が契機となり、いじめの認知件数が急増していることを語った。
中谷氏は、この増加はいじめ問題が悪化したことを意味するのではなく、これまで見過ごされてきたいじめについて、学校側が丁寧に対応するようになった結果であり、救われる子どもが増えることにもつながっていると話した。また、14年度に文科省が行ったいじめに関する調査結果から、しっかりした実態調査の実施と各学校での取り組みによっていじめを防止できることを示した。
また、近年のいじめの特徴として「特定のいじめっ子や、いじめられっ子はいない」とし、小学4年生から中学3年生までの6年間で、いじめの加害者・被害者両方を経験した子どもは9割近くに上ること、さらに、インターネットによるいじめが増加し、いじめが外から見えにくくなっていることを指摘した。その上で、公的機関や民間が設置するいじめに関する相談窓口を紹介し、「重層的な相談箇所が増えてきているのに、まだまだ行き渡っていない。ぜひ周りの人に教えてあげてほしい」と呼び掛けた。
続いて登壇したのは、同学部こども心理学科で臨床心理を専門とする藤掛明准教授。藤掛氏は、非行・犯罪臨床の実務経験者として、臨床心理の立場から「いじめる人のこころの世界」と題して講演した。藤掛氏は、法務省の心理技官として少年院に勤務していたときに面接を行ったA君(19歳)の事例を紹介し、心に深い傷を持った子どもの回復について語った。
藤掛氏は、「キレると訳が分からなくなってしまう」と自分のことを話すA君に、キレたときの自分について何度かにわたって絵を描かせた。その中で分かったのは、A君自身が小学校時代に強烈ないじめに遭っていて、その時に「今いじめられているのは『おとりの自分』で、『本当の自分』は地下にいるんだ」と現実から逃げていたことだった。
個人カウセリングは、この「おとりの自分」と「本当の自分」との折り合いをつけ、逃避から現実へ目を向けるための手助けとなる。実際にA君が人間関係に目を向け、地下から外の世界に出る扉に手をかけるところまで変化したことを報告した。
非行少年と呼ばれる子どもたちのほとんどが、家族あるいは家族以外から身体的虐待を受けている。被害者から加害者に転向し、弱く見られたくないという思いから、ささいな言葉に激高し、ビクつきながら暴力を振るっているという。
藤掛氏は、「非行少年の被害者性を認識することは、無罪放免にすることではなく、非行の理解と処遇につなげることに意味がある」とし、「心に深い傷を持った少年に、現実を直面化させるだけでは混乱する。コラージュ療法など、イメージの力を借りることが役立つ」と語った。
最後に登壇したのは、児童学科の丸山綱男客員教授。元小学校校長の丸山氏は、その体験を通して「いじめのない学校生活の実現をめざして~被害者・加害者・周囲の人へのケア~」と題して講演した。
丸山氏は初めに、日本の幼児教育の基礎を築いた倉橋惣三(1882~1955)が残した言葉「子どもの心の肌」を紹介した。ケアは「子どもの柔らかい肌に触れるケアであるべき」と述べ、「『辛』も『幸』も、横棒1本の差。ケアは『辛』に1本の横棒を加える行為」だと語った。
丸山氏は、被害者へのケアとして、(1)いじめに耳を傾ける、(2)安心安全の確保をする、(3)人間関係の回復調整を図る、の3つを挙げた。その上で、「大丈夫です」は「大丈夫ではない」ことや、「どのようなことで苦しんでいるのか、どうしてほしいのか」ということを淡々と聞くことや、子どもたちを学校全体で守ることの大切さを訴えた。
加害者へのケアについては、「いじめは犯罪であり、罪は一生消えない」と伝えた上で、「いじめは卑怯な行為であっても、加害者である子どももまた援助を必要としている」と語った。丸山氏は、そのケアの方法として(1)面談、(2)困難ないじめ家庭との話し合い、(3)有効な更生プログラムの必要性、(4)悪い攻撃性の除去を挙げた。
最後に丸山氏は、周囲(観衆・傍観者)に対するケアについて話し、「いじめ調査・QU調査」の活用や、児童会・生徒会によるいじめ撲滅運動の展開などを紹介した。
小学5年生の男の子と家族3人で参加した女性は、「このイベントはチラシで知った。3人それぞれ違った立場から、いろいろな形でいじめについて話が聞けてよかった」と感想を語った。また、同大2年生の女子学生は「置かれた環境によって子どもの人生が変わってしまうと感じた。そこからどう守っていくかが大人の責任だと思った」と話した。