天理大学の創立90周年を記念して、同大付属天理参考館(奈良県天理市)で、7月と8月の2カ月間にわたり、企画展「いのりのかたち―キリスト教と民間信仰―」が開催された。祈りの際に用いられるモノに焦点を当て、それぞれの用途やその背景にある信仰的な意味合いを紹介。対象地域は、欧州や北アフリカ、中南米など広範囲で、キリスト教が土着信仰と互いに影響を及ぼしながら、異民族、異文化の中でどう受容されていったのかを展示した。
この展示の中心は、正教会や東方諸教会で祈りの際に用いられるイコン(聖像)だ。イコンはキリスト教の初期から存在したと考えられているが、8世紀から9世紀にかけて展開された聖像破壊運動(イコノクラスム)によって多くが失われた。しかし、787年に開かれた第2ニカイア公会議によって、偶像に当たらないという判断が下され、破壊運動は終息した。
会場入り口には、ギリシャ、ブルガリア、ロシアなど、東欧・ロシア地域のイコンが多数展示されていた。
特に目を引くのが、エチオピア正教会のイコン。アフリカ東部に位置するエチオピアには、4世紀にキリスト教が伝えられたといわれている。また、エチオピアの皇室(1975年に廃止)は、古代イスラエルのソロモン王の末裔(まつえい)であるという伝承を持っており、周囲を異教に囲まれながらも伝来当時の信仰を守り、独自の発展を遂げて現在に至り、世界遺産に登録されている教会も多い。
エチオピア正教会は、コプト正教会の一部であったが1959年に独立教会となり、エチオピア帝国時代は国教となっていたという。現在、世界で公称3600万人の信徒がいるという。
エチオピアのイコンは、題材となる人物や場面は、東欧やロシアの他の正教会のイコンとほぼ一致するが、タッチや色使いにはアフリカ的要素が現れている。どれも素朴で親しみやすく、見ていて飽きることがない。それは、キリスト教信仰がこの地域の人々にしっかりと根付いている証しであり、エチオピアの風土の中で育まれた力強さが伝わってくる。
天理大学は戦前から世界各地に宗教調査団を派遣し、世界の諸宗教の多くのコレクションがあるというが、キリスト教をテーマにした展示は、同館85年の歴史で今回が初めてだという。この展示の企画の中心となった学芸員の梅谷昭範さんの解説を聞きながら見学した。
掛け布イコン(20世紀後半、エチオピア)
礼拝所の壁に掛けられたもの。中央の4つの絵は、左上から時計回りに、聖母子、十字架のキリスト、戴冠したマリア、竜を退治する聖ゲオルギオスと思われる。周囲には顔に羽が生えた天使25人が描かれている。
十字架装飾付き四方開き型イコン(20世紀後半、エチオピア)
エチオピア特有の編みこみ模様の十字架が取り付けられている。十字架下部の四方の側面には扉が付いており、開くとさまざまなイコンが現れる仕組みになっている。イコンは全部で16枚あり、キリストの生涯から昇天に至るまでが描かれている。
十字架型イコン(20世紀後半、エチオピア)
約11センチの手のひらに乗るサイズの木製細工で、合計8枚のイコンが収められている。左は聖母マリア、右は福音書記者ヨハネ。描かれている人物たちはどこかかわいらしく、そこからは肌身離さず持ち歩いて祈りに使う、身近で素朴な信仰が感じられる。
聖母子と十字架のキリストの二連イコン(20世紀後半、エチオピア)
左に幼子イエスと授乳するマリアの聖母子、右に十字架のキリスト、聖母子の背後には剣を持った天使が控えている。幼子イエスに乳を与える母マリアを描いた絵は、人となり世に生まれたイエスを身近に感じさせ、見ていてほほ笑んでしまう。十字架に架けられたイエスの後ろには、キリストの聖痕(十字架に磔(はりつけ)にされる際に釘を打たれた箇所の傷)から流れる血を杯で受ける天使、嘆き悲しむマリアと福音書記者ヨハネが描かれている。
手持ち十字架(20世紀後半、エチオピア)
礼拝時、司祭が入場する際に手に持つ十字架。十字架の下にある四角いかたどりは、旧約聖書の「契約の箱」を模しているという。
ゲエズ語で記されたエチオピア正教会の祈祷書
ゲエズ語は古代エチオピアの言語で、現在は話し言葉としては使われておらず、祈祷書を記す筆記文字としてのみ使われているという。
金属製の祈願奉納物(20世紀後半、ブラジル)
いずれも病を患った信者が治癒を祈り、健康となったお礼に教会へ奉納したもの。それぞれ治った体の箇所がろうや金属板で表されている。
この他、南米地域におけるキリスト教と土着文化の融合に関する資料もとても興味深い。
天理教は江戸時代末に、中山みき(1798~1887)を開祖として始まった宗教だが、明治時代から信者が世界各国で布教活動を行った。そのために設立された専門学校が、現在の天理大学の前身だ。梅谷さんによると、海外での布教活動の参考のために、中国の清代のイエズス会のキリスト教伝道の組織や方法について熱心な研究が行われ、現在も清代のイエズス会に関する資料が多く残っているという。また、南米地域での開拓生活を再現した建物も展示されており、開拓民が未知の国の厳しい環境の中、信仰を守りながら生活を切り開いていったことが、目で見て知ることができる。
同館は、世界各地の生活文化資料、考古美術資料を収集、研究、展示する博物館で、所蔵資料は約30万点に及ぶ。北海道のアイヌ文化から、朝鮮半島、中国、インド、ボルネオ、メキシコ、パプアニューギニアといった地域に至るまで、多様な資料が展示されている。
今回の展示は8月で終了したが、同館では将来、東京での展示も予定しているという。ぜひより多くの人の目に触れるように期待したい。