1865年4月。うるわしい春の朝だった。ポトマックに近い農家の一室で、グラント将軍と副官マリンズ大尉が地図を見ていた。
「・・・ポトマックの川岸から山地にかけて、ミード将軍が大軍団を配備している。これではさすがのリー将軍も、この包囲を切り抜けることはできなかったんでしょうなあ」。「まったく。それで勝負がついたというわけです」
従卒のデニスが入ってきて告げた。「大統領がお見えになりました」。そこへ、リンカーンが入ってきた。
「たった今ミード将軍から報告がありました。リー将軍が4時に休戦を申し入れたそうです」。グラント将軍がそう言うと、リンカーンはほっと息をついた。「とうとう・・・」。静かにそう言うと、張り詰めた気が緩んだように、椅子の背に身をもたせかけた。
「グラント将軍、ご苦労様でした。私はこの日が来るのを待っていました。この悲惨な戦争で、2200回もの戦いで死者は36万人。よく耐えて善戦してくださった。あなたの働きがなければ、北軍は勝利しなかったでしょう。ありがとう」
「閣下、恐れ入りました。この無力で取るに足りない自分のような男を選び、大任を授けてくださったから、このような勝利の道を歩むことができたのです」
両者は堅く手を握り合った。そこへ従卒が、リー将軍が来たことを告げた。リンカーンは敗戦の将にこの場で会うのは気の毒だと配慮し、裏口からそっと帰って行った。
間もなく、リー将軍が入ってきた。グラント将軍が恭しく挙手をすると、リー将軍もそれに応じた。「リー将軍、あなたのお相手をして戦ったことは、軍人として名誉でした」
「いや、グラント将軍、私も全力を尽くしましたが、あなたは私以上だった。私は自分の敗北を潔く認めます」。「お気の毒に存じます。・・・して、おいでになったご用向きは?」「どんな条件でわが軍の降伏を許していただけるか、それを伺うためです」
グラント将軍はポケットから降伏条件を記した紙片を取り出し、机の上に置いた。「こちらです。ひど過ぎる点がありましょうか?」「いや、実に寛大な条件です。心から感謝いたします。ただ一つだけ、お願いがあります。それは、わが軍馬をお取り上げにならないよう願えればありがたいのですが」
「ごもっともです。馬は田畑に必要ですからな。承知しました。軍馬は自由にお持ち帰りください」。「お礼を申し上げます。南部の人々も感謝いたすことでしょう。では、お申し出の条件を守って、南軍総司令官ロバート・リー将軍は謹んで北軍に降伏いたします」
リー将軍は潔くこう言い、腰の軍刀を外してグラント将軍に差し出した。すると、グラント将軍はそれを押し返した。「いや、これもお持ちください。連戦連勝を誇った名誉の剣ではありませんか。どうぞ元にお収めください」
リー将軍は、感動しつつ軍刀を収めた。そして、両者は手を握り合い、恭しく握手をした後、別れたのだった。
こうして4月9日。南北戦争は終結した。この時、国中に大砲が一斉に火ぶたを切って鳴りとどろいた。戦争の終わりを告げ知らせる喜びの祝砲である。そして、それはまた全国に平和が来たことを知らせる喜びの響きであり、虐げられてきた奴隷たちに自由が与えられたことを告げ知らせる希望の響きでもあった。
南部の主都リッチモンドが陥落した日、リンカーンはジェームズ川を軍艦でさかのぼり、この町に入った。町は荒れ果て、戦火で焼かれ、建物は破壊され、見る影もなくなっていた。
「あっ、リンカーン大統領だ!」彼の姿を見ると、どこからともなく黒人たちが集まってきて、その数は次第に増してきた。
「この方が、私たちを自由にしてくださったんだよ」。子どもを腕に抱いた母親がこう言うと、彼らは一斉にリンカーンの足もとにひざまずいた。またある者は、彼のズボンに触り、別の者はその長い足を両手でかき抱くのだった。
(かわいそうに。こんなに喜んでくれるのか)リンカーンは胸が熱くなる思いだった。
*
<あとがき>
南北戦争は、北軍の勝利をもってようやく終結しました。リンカーンは兵営を訪れ、グラント将軍のこれまでの功績に対し、ねぎらいの言葉を述べました。
そこへ敗北した南軍の指揮官リー将軍がやって来ます。するとリンカーンは、相手の気持ちを察し、こっそりと裏口から立ち去ったのでした。リンカーンは、敵側の将軍に対しても、このような配慮ができる人なのでした。
やがて南軍を代表して、降伏の条件を尋ねるためにリー将軍が姿を現します。するとグラント将軍は、恭しく彼を迎え、いたわるようにしてその用件を聞くのでした。
この両者の対面は、実に感動的です。潔く降伏を認め、寛大な処置を願うリー将軍。そして、予想以上に寛大な処遇をとり、南部の人にとって大切な馬を無条件で返した上、相手の名誉を守るグラント将軍。2人は取り決めを終えたのち、友人同士のように握手をして別れたのでした。
こうして4月9日。長きにわたる南北戦争は終結を迎えたのでした。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。