1. はじめに
聖書に「エラー」(ヘブル名)という木の名前が13回出てきます。聖書協会共同訳では全てテレビンの木となっています。それが新改訳2017では、11回が樫の木、他の2回がテレビンの木と訳されています。
現在、植物学者はエラーをテレビンの木、アルローンを樫の木(前回参照)と同定しています。そこでイザヤ6:13とホセア4:13の2カ所では、エラーとアルローンが同一箇所に使われ、次のように訳します。
「しかし、切り倒されたテレビン(エラー)や樫の木(アルローン)のように、それらの間に切り株が残る。この切り株こそ、聖なる裔(すえ)」(イザヤ6:13、新改訳2017)
「彼らは・・・丘の上で犠牲を供える。樫の木(アルローン)、ポプラ(リブネー)、テレビンの木(エラー)の下で」(ホセア4:13、同上)
ところが、ギリシャ語訳(LXX)ではエラーの13回のうち5回がテレビンの木、6回が樫の木、2回が「樹陰を作る大きな木」と、入り乱れて訳出されています。
それ故、新改訳2017も前述のように、2カ所だけテレビンの木にし、他は樫の木にしているのではないかと思います。でも個人的には、他の11カ所もテレビンの木とした方がすっきりすると思いますが(口語訳でもアルローン、エラーいずれも樫の木、テレビンの木の両方に訳出する混同が見られます)。
2. パレスチナのテレビンの木
テレビンの木はウルシ科カイノキ属(Pistacia)で、パレスチナに5種ありますが、代表的な3種を取り上げたいと思います。
① 大西洋テレビン(別名:ニシノウミノウコウ)Pistacia atlantica Desf.
分布は、地中海地域から北アフリカを経て大西洋岸に至ります。学名の種小名と和名は、これによるといいます。パレスチナでは上・下ガリラヤ、フラー平原、ダン、ギレアデ、アモン、エドム、ネゲブです。
樹高4〜20メートルで、3種の中で一番高い落葉樹です。温帯の乾燥地帯をステップといい、そのステップと半ステップの湿潤な所に生育し、数が少ないです。大西洋テレビンとタボル樫との群落が築かれているものの、このテレビンの木が点在する様子も見られるといいます。
植物学者は、創世記35:4、エゼキエル6:13、ホセア4:13のテレビンの木は、これの大木であったと推測しています。目印として、または、ある場では偶像の礼拝所になっていたのです。
葉は3〜5対の羽状複葉で小葉の先は尖らず、丸い。花期は3〜4月、果実は小さく6〜7×5〜6ミリ、赤色で食用可です。
② パレスチナテレビン(別名:セイチノウコウ、イスラエルテレビン)P. palaestina Boiss.(=P. terebinthus L. var. palaestina 【Boiss.】Engl.)
樹高2〜6(〜10)メートルの落葉樹です。奇数または偶数羽状複葉で、小葉は4〜5対前後で先は尖ります。花期は3〜4月。この果実も小さく径約5ミリ、赤褐色です。食用可。
分布は広く、シャロン平原、上・下ガリラヤ、カルメル山、ギルボア山、サマリア、ダン、フラー平原、ゴラン、ギレアデ、アモン、モアブ、エドムです。パレスチナテレビンとセイチ樫とは、パレスチナ、レバノン、シリア、トルコなどのマキスにおいて最も大切な仲間で、群落を形成しています。
③ マスチックテレビン P. lentiscus L.
常緑樹です。樹高は低く、1(〜3)メートルの低木です。葉は偶数羽状複葉で、小葉は普通2〜3対、葉軸に翼があります。花期は3〜4月。果実は他よりさらに小さく径3〜4ミリで、赤または黒色に熟します。
分布は海岸から標高約300メートルの所に自生します。ガリラヤの海岸、アッコ平原、シャロン平原、ペリシテ平原、上・下ガリラヤ、カルメル山、ギルボア山、サマリア、ユダ山地に普通に見られます。
マキスに最も普通に見られる構成要素の一つで、イナゴマメ(マメ科、常緑樹、拙著『聖書の植物』参照)との特定の群落を作ります。
3. テレビンの木の特異性
現在、食品売り場に行けば簡単に手に入れることのできるピスタチオは、テレビンの木と同じ仲間で Pistacia vera L. といいます。栽培種です。
染色体数は30本です。ところが、大西洋テレビンは28本、マスチックテレビンは24本です。基本数(x)がそれぞれ15、14、12本です。遺伝的に大きな開きがあることに驚かされます。個性的です。
セイチカシなど Quercus 属の染色体数は、そのリストによれば28種全て、生育地が新旧大陸に広がっているにもかかわらず、24本と48本(一つだけ四倍体)です。基本数(x)が12本です。テレビンの木とは対照的です。
特定のテレビンの木が樫の木の特定種、あるいはイナゴマメを仲間とする群落が特記されていることに不思議を覚え、驚きました。
① 乾燥地を好む大西洋テレビン(落葉樹)とタボル樫(落葉樹、暖冬では葉が残る)。
② パレスチナテレビン(落葉樹、新葉が赤い)とセイチ樫(常緑樹、若い新枝は黄色)。春の芽吹きの赤と黄の輝きは、実に美しい様相を醸し出します。
③ 赤花のマスチックテレビン(常緑樹、樹高約1メートル)と陽光を好むイナゴマメ(常緑樹、高さ3〜5メートル)。
エラーの「エル」は神を意味し、力、強さを象徴します。群落のテレビンの木と特定の木は、神の創造の知恵の豊かさ、美しさや優しさを表し、人に注がれる父とキリストの愛と憐(あわ)れみ、平安を語っているようです。
「主は あなたに恵みとあわれみの冠をかぶらせ あなたの一生を 良いもので満ち足らせる」(詩篇103:4、5)
「この方は恵みとまことに満ちておられた」(ヨハネ1:14)
パウロとペテロは手紙のあいさつで祈ります。「恵みと平安があなたがたにあるように」、テモテには「恵みとあわれみと平安があるように」と。ヨハネやユダも。
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