ロシアの首都モスクワで18日に行われた集会で、ウラジーミル・プーチン大統領は、子どもを含む数多くの民間人犠牲者を出している現在進行中のウクライナ侵攻を正当化するため、新約聖書からヨハネによる福音書15章13節を引用した。
多くの国が認めていないロシアのクリミア併合8周年を記念し、モスクワのルジニキ・スタジアムで開かれた集会で、プーチン氏はロシア軍がウクライナで「勇敢に」戦っていると称賛。英BBC(英語)によると、「聖書の言葉を思い出す。誰かが友人のために魂をささげる、それ以上の愛はない」と語り、観客から大きな拍手が送られたという。
これは、十字架上の死を前にイエスが弟子たちに語った「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15:13)を引用したもの。米CNN(英語)によると、プーチン氏は「われわれはこの作戦における仲間の英雄的行為を目の当たりにしている」と付け加え、「キリスト教の聖典にあるこの言葉は、この宗教を公言する人々にとって非常に大切なものだ」と語った。
「しかしすべては、この普遍的な価値が、ロシアのすべての民族とすべての信仰、そして何よりも自国民のものであるという事実に帰結する。そして、その最大の証明は、この軍事作戦の過程で、われわれの仲間が肩を並べて戦い、互いに助け合い、支え合っている姿だ」。プーチン氏はそう続け、「いざとなれば、兄弟として戦場で銃弾から互いをかばい合う。このような結束は長い間なかった」と語った。
一方、独立系紙「モスクワ・タイムズ」(英語)によると、プーチン氏の演説を中継していた国営ニュース専門テレビ局「ロシア24」の映像が、一時的に同じステージで演奏する軍楽隊の映像に切り替わる場面があった。同紙は「ロシアの国営テレビは厳しく管理されており、このような中断は極めて異例」と指摘している。ロシア政府はその後、中継は「サーバーの技術的な問題で中断された」と発表した。
国営のRIAノーボスチ通信は、集会の参加者は9万5千人を超え、スタジアムの外にも10万人以上が集まったと伝えた。しかし同紙は、一部の人々は参加を強制されたと伝えている。
独立系メディア「ソタ・ビジョン」(英語)の取材にスタジアムの外で応じた女性は、「私たちはバスに押し込められ、ここまで連れてこられました」と語った。また、別の独立系メディア「アブトザク・ライブ」(英語)は、参加者に500ルーブル(約600円)が支払われたことを示唆する画像を伝えている。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は18日、2月24日に侵攻が始まって以来、ウクライナにおける民間人の死者は816人(うち子どもが59人)、負傷者は1333人(同74人)に上ると発表した。
OHCHRの発表(英語)によると、死者の内訳は、大人が男152人、女116人、子どもが男16人、女7人。これに加え、まだ性別が確認できていない大人489人と子ども36人がいる。OHCHRは「実際の数字はもっと多い可能性がある」と指摘。「確認された民間人の犠牲者のほとんどは、重砲や多連装ロケット発射システムによる砲撃、ミサイル攻撃や空爆など、影響範囲の広い爆発性兵器の使用によるもの」と述べている。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計(英語)によると、ウクライナから国外に逃れた難民は20日時点で約349万人。国内でもこれを上回る人が避難を余儀なくされており、フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官はこの日、ツイッター(英語)で、侵攻によって家を追われ、国内外に避難した人が1千万人を超えたと伝えた。ウクライナの人口は約4400万人で、その4分の1近くが避難を余儀なくされていることになる。
AFP通信(英語)によると、UNHCRのマシュー・ソルトマーシュ広報官は、「ウクライナ国内の避難民と難民の流出のペースと規模、それに伴う人道的ニーズは、状況が悪化すればするほど高まる」と警鐘を鳴らした。
プーチン氏が聖書を引用してまで侵攻の正当化を図ろうとする一方、ロシア正教会の司祭ら280人余りは今月初め、侵攻を批判する公開書簡を発表した。書簡では「われわれは、ウクライナの兄弟姉妹が不当に受けた試練を嘆く」とし、侵攻の即時停止と和解を求めている(関連記事:ロシア正教会の司祭らが即時停戦求める公開書簡、280人以上が署名)。
一方、プーチン氏と関係が深いロシア正教会のトップであるモスクワ総主教キリルは、侵攻が始まってから4日目の2月27日、ウクライナの反ロシア勢力を「悪の勢力」と呼び、「ロシアとロシア教会の統一に常にあらがってきた悪の勢力を優勢にする兄弟国ウクライナの現在の政治状況を、神が許されないのだ」と語った。こうした姿勢から、キリル総主教に対しては批判の声が上がっており、多くの宗教指導者が総主教に対し侵攻を批判するよう求めている。
ロシアでは、ロシア正教会の司祭らに加え、福音派の牧師ら400人以上も、侵攻の即時停止と和解を求める公開書簡を発表している。
ロシア福音同盟(REA)のビタリー・ブラセンコ総主事は3月12日、世界のクリスチャンに向けた書簡を発表。隣国に対する自国の侵攻を嘆き、戦争を防ぐためにさまざまな努力を行ってきたことを伝えるとともに、「この軍事衝突によって被害を受け、愛する人や親族を失い、住む場所を失ったすべての人々に謝罪します」と述べている(関連記事:ロシア福音同盟総主事、世界のクリスチャンに向け書簡 侵攻の被害受ける人々に謝罪)。
正教会系の国際アドボカシー団体「正教会広報委員会」(OPAC)は15日、キリル総主教が「教会の牧者、またウクライナとロシア両国の数百万人を導く宗教指導者としての高貴な地位に反して、良心に反する不当な紛争に宗教的掩護(えんご)を与えることで、この戦争を可能にしている」とし、強い懸念を表明する声明(英語)を発表した。
OPACは、「総主教の発言はうわべだけのもので、政府が直接的に干渉しているにおいがする」と指摘。「これは総主教が、自身の地位と恩恵をプーチン大統領から受けているためなのか。なぜ総主教はウクライナの群れのために声を上げないのか。なぜ総主教はロシア軍を支持し、聖なるイコンを彼らに贈ることさえするのか」と、総主教の姿勢に強い疑問を投げ掛けている。