牧師が自殺した教会のその後
カベナント神学校(米ミズーリ州セントルイス)のフランシス・A・シェーファー研究所の常勤研究者で、親しい牧師3人を自殺で亡くしているジェラム・バース氏は、そのうちの1人の自殺について思い出しながら、その友人に対する賛辞を述べた。友人の死は、バース氏個人にも、教会全体にも影響を与えた。
「とてもつらいのは確かです。私は、多くの教会員が故人を通して信仰を持つようになったと思っています。教会員は皆、彼から叱咤(しった)激励されていました。彼は長年にわたって、彼らの牧師であり教師でした。彼はとても深く愛される良き牧師でした。
もちろん、多くの人は裏切られたと感じています。しかし私は、(彼の)奉仕を忘れることは決してないでしょう。そのような環境の中で不可欠なことの1つは、自分たちが感じている痛みを覆い隠すのではなく、むしろ口に出して語るように勧めることだと思います。私は(葬儀があった)その日、哀歌の3章から説教しました。その箇所でエレミヤは、とても情熱的に、また非常にあからさまに、また痛ましいほどに、イスラエルの民に向けられた悲しみについて語っています。それにもかかわらず、3章の終わりには希望が見られるのです。
私は説教の中で、悲しみや怒りを表明するように勧めました。主は教会員の(悲しみや怒りの)感じ方に本当に誠実であり、これらをとても上手に取り扱うことができるのです」
バース氏は自身の経験から、教会が牧師の自殺から癒やされるためには、教会員が実際に感じたことに対して正直になり、またオープンにならなければならないと話す。そして、その正直な告白は、予期せぬ仕方で表されることがあるという。バース氏は、教会員たちが牧師を埋葬するために墓地に行ったときの様子を次のように回想した。
「それから教会員たちは墓地に行きました。その時、彼らが取ったような行動を、私はそれ以来見たことがありません。
わが友のひつぎの上に私が最初にスコップで土をかけ、海外から駆け付けた遺族の幾人かも、同じようにしました。その後、教会員一人一人が土をかけ始めました。そして、賛美歌を歌い始めました。彼らは墓が全部埋まるまで、3時間くらいそこにいて、一人一人スコップで土をかけていたと思います。
彼らは終始歌っていました。そのような光景は葬儀屋も見たことがないと思います。痛みや愛情があふれ出したのだと思います。本当に感動的でした。何の問題もないふりをするのではなく、あのように悲しみを表現するように勧めることはとても大切だったと思います。教会員たちの癒やしのために、それはとても重要な時間でした。
その1年、2年後も、その教会の会員はほとんど減りませんでした。その教会は基本的にとても順調に回復していきました。教会を去って行った人が2、3人はいましたが、それには他の理由もあったのです。怒りや悲しみ、裏切りを感じたからではありませんでした。彼らはそういうものを表明するように勧められていたからです」
25年たっても、教会員たちが牧師の自殺を忘れていないことをバース氏は説明した。
「私は今でも、当時長老として牧師と共に労した人たちとそのことについて話すことがあります。その悲しみは、決してなくなるものではありません。それは、子どもを失ったようなものだからです。その悲しみは一生涯残るのです」
教会の文化を変える、牧師も人間
バース氏ら、牧師のメンタルヘルスに関わる専門家たちは、牧師の自殺を防ぐために、神学校や教会が授業や説教において、メンタルヘルスの問題について触れる方法を改善しなければならないと指摘する。また、牧師自身もさらに深い自覚を持ち、牧師としての役割において境界線を引く方法を学ぶ必要があるという。
臨床心理学者で牧師のジャレッド・ピングルトン氏は、「調査によって明確になったのは、米国人の4人に1人が精神疾患に苦しんでおり、牧師も4人に1人が重大な精神疾患を患っているということです。このことは牧師がスーパーマンやスーパーウーマンではなく、特定の方法で奉仕するよう召された人間だということを強く示唆しています」と言う。
「牧師自身も、教会員と同じ問題で苦しんでいます。強いストレスや非常に高い頻度の孤立、また専門職特有の特殊要因が原因です。私自身、臨床心理学者であるとともに3代目の牧師ですが、牧師たちが自分のストレス要因を見えるようにし、自分たちの問題に向き合えるように、安心して話せる形で話しをすれば、こうした問題は必ず深い共感を呼びます。
調査によって非常にはっきりと分かっていることは、教会においても、最良の防衛は最良の攻撃であるということです。つまり、メンタルヘルスの問題について話すことです」
ピングルトン氏は昨年10月、『The Struggle Is Real(闘いは現実だ)』という共著書を出版した。聖書的に健全で、かつ感情的に健康な方法で、メンタルヘルスの問題や人間関係の問題で苦しんでいる人々をケアするための実践的ツールを提供する総合的な資料となる本である。
神学校で牧師となる人々を訓練する立場にあるバース氏は、牧会に伴う実際的な課題に向けて、できる限り学生たちを整えようとしている。また、より多くの神学校がメンタルヘルスの問題に取り組む必要があると考えている。
「私はこれまで牧会学を教えてきました。傷ついている人たちに、単純で表面的な答えを与えるのではなく、むしろその人たちと一緒に泣いてあげたり、耳を傾けてあげたりするように指導してきました。問題を解決しようとしてはいけないと。なぜなら、私たちには解決できない問題を抱えた人が大勢いるからです。
フランシス・A・シェーファー(米国の福音主義神学者)が大きな助けになったのは、その点です。彼と長年働いたのですが、彼は私たちがしようとしていることは難しいことではなく、不可能なことだと言っていました。私たちは、誰も救えないからです。しかし、神にはできます。だから、人々の問題に表面的な答えを出そうとすることはやめてください。教会の多くがそれを学ぶ必要があり、一部の牧師もそれを学ぶ必要があるのです。私たちは、理解し、共感し、自分の弱さをよく分かっている牧師を送り出そうとしています。それは、彼らが他人の弱さを軽々しく癒やそうとしないようにするためなのです」
とりわけ教会は牧師候補者を慎重に識別し、既存の聖職者のセルフケアの重要性を強調する必要がある。
昨年12月、岩なるキリスト・コミュニティー教会(ウィスコンシン州メナシャ)のビル・レンツ牧師が自殺した。自殺予防の専門家であったが、うつ病を患い、自身が携わっていた自殺問題に触発されて60歳で自ら命を絶ったのだ。遺族が公にしたコメントは、新聞の死亡記事に書かれたものが唯一だった。その中で遺族は、うつ病と闘っている人は決して1人で立ち向かわないよう勧めている。
「ビルはこれまで、うつ病の『犠牲者』になることはありませんでしたが、過去3カ月間、うつ病と非常に激しく闘ってきました。彼は助けを求め、それを受け入れました。しかし残念ながら、彼にとっては遅すぎました。イエス・キリストにある私たちの希望は、この悪夢が始まる前と同じです。もしあなたがうつ病に苦しんでいるならば、どうか1人で苦しまないでください。助けを求めてください」