音楽ユニット・原作本のドラマ化 etc・・・手掛けたものが次々と失敗に終わるという「負のサイクル」の影響は、プライベートにも及びました。
もともと芝居好きだった夫Aは、私や、私の役者・芸人仲間の舞台を観劇するうちに、業界関係者(特にプロレスファン)との交流が深まり、次第に「見るだけでなく、演じたい!」という思いが高まっていきました。同じ頃、私が仮在籍していたSさんのプロダクションが、家庭の事情で一時閉所となり、新しくAの従兄が経営する会社が関連したプロダクション「F」に所属させていただくこととなって、これを機に、Aもタレント業務を「F」に委託することになりました。
ところが、映画やドラマなど、撮影で時間を多く取られる仕事を、年間約250試合もあるプロレス興行の合間に組み込んでいくのは難しく、また、網膜剥離を経ての復帰後、自分らしいプロレスを必死で模索するも、思うようにいかない・・・というもどかしさを募らせ、ついに「プロレスを辞める。プロレスをしていたら、いつまでたっても役者ができない。もう自分は、プロレス界に不要の存在だし、きっぱり辞めて、役者としてゼロから出発する!」と、突然宣言をしたのでした。
私は、「プロレスラーとして築いてきたものを捨てるのではなく、生かした形で役者もやっていった方がよいのでは?」と提案したのですが、「そんな卑怯なことはしたくない! 大体、お前が俺にプロレスを続けさせたいのは、収入が無くなって、贅沢(ぜいたく)ができなくなるのが嫌だからだろ!」と、険悪な状態に陥っていきました。
体を張って戦い続け、大けがも克服し、「新日本プロレス」という大きな団体のレスラーとして歩んできた実績を「ゼロ」にするのはもったいないという純粋な思いからだったのですが、私の言葉は誤解されて受け取られ、彼の思いを変えることはできませんでした。「辞めるにしても、俺は不要な存在、というような傷付いた寂しい心で辞めてほしくない。どうしたらよいものか」と悩む日々。家の中にはピリピリとした空気が流れ始め、話し掛けるときも、慎重に、顔色を伺いながら声を掛ける、という緊張の連続でした。
しかし、彼の思いとは違い、周囲の方々は驚き、必死になって引き止めてくださったのです。まず最初に動いてくださったのが、媒酌人だった「藤波辰爾」さんでした。「一緒に食事をしよう」とご家族そろって集まってくださり、「プロレス界に必要な存在」と説得してくださいましたが、感謝しつつもAの心は頑なに閉ざされ、素直に受け入れることができませんでした。外部の業界関係の記者や、プロレスファンからの「Aが辞める理由が分からない。あんなに跳躍力に富んだ技巧派は、貴重な存在だ」という声を伝えても、信じようとはしませんでした。
そこで、坂口征二社長(当時)が、「1年間休んで、ゆっくり考えなさい」と言ってくださり、休んでいる間も変わらず年俸報酬を頂けるように計らってくださったのです。普通では考えられないことでした! 救われる前であっても、天のお父様は「愛する者たちのために」と、困らぬようにしてくださったのでしょう。そう思うと、感謝で涙が溢れます。
さらに、同期でもAより年上で、彼がとても慕い、尊敬していた蝶野正洋さんも動いてくださいました。Aが小さな劇場で行われた公演に出演したとき、忙しい合間をぬって見にいらしてくださり、終演後、すぐ出られた蝶野さんを追いかけお礼を言いに行くと、「Nちゃん(Aのニックネーム)に言っといて。役者よりプロレスラーが合ってるから帰って来いって(笑)」と、静かにほほ笑むと、さっそうと車に乗るや、夕日に向かって風のごとく去って行かれました。格好良すぎて、今でも鮮明に覚えています。
また、Aが「自分は認められていない」と思い込んでいた長州力さんも、とても心配してご自宅の忘年会に招いてくださり、和やかな雰囲気を作りながら、時にジョークで拳を上げ小突くアクションをして、さりげなくも、熱く説得してくださいました。そこには、佐々木健介・北斗晶夫妻も同席していて、健介さんも「Nちゃん、また一緒にプロレスやろうよ」と、ほほ笑みながら何度も言ってくださいました。
そういった先輩や仲間たちの温かさが、Aの硬く閉ざされていた心を少しずつ溶かしていきました。この休業期間は、「プロレス界には、自分を必要としてくださる人がたくさんいる。自分の居場所はあるんだ」ということに気付かせてくれる、貴重な期間となりました。皆さんが、Aだけでなく、私にまでお心遣いくださったことを、今でも深く感謝しております。
こうして、家庭内の嵐も次第に鎮まっていき、穏やかな風が吹くようになっていきました。やがて、1年間休業のリミットが近づいた頃・・・それでもまだ、復帰する心構えや明確なめどを立てられないでいたとき・・・ある方が声を掛けてくださいました。それは、Aにとって「最高の復活」を遂げるきっかけとなったのです!
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