観世文庫は11日、東京都渋谷区の観世能楽堂で、朝日新聞社及び観世会の後援と立教学院及び観世宗家の協力により、キリスト教をテーマにした能と文楽の共演を行った。東日本大震災の鎮魂と復興の祈りを込めた新しい共演を観ようと、それぞれ552席ずつある座席は昼の部と夜の部ともにチケットが完売、満席となった。
同日午後1時に開演した昼の部では、「ゴスペル・イン・文楽 イエスキリストの生涯」と「能 聖パウロの回心」が上演された。
「能 聖パウロの回心」で、能の中心である前シテ(主演者)のサウロ(パウロ)と後シテのキリストを演じた、二十六世観世宗家で観世文庫理事長の観世清河寿(清和改め)氏は、会場で観客に配布された資料の中の挨拶文で、「古より能楽の役割といわれる『鎮魂の舞台芸術(レクイエム)』を務める者として、何を果たすべきかを常に念頭に置き、日々の舞台を勤めて参りました」と記した。
その上で同氏は、「震災にて命を落とされた方々への鎮魂と、一日も早く被災されました方々へ安息の日々が訪れ、復興が叶います様、祈りを込め、舞台を勤めさせていただきます」と記した。
一方、観世清河寿氏の誘いを受けて「ゴスペル・イン・文楽」を共演した、大阪インターナショナルチャーチ教会員の豊竹英大夫氏は、同じ資料の挨拶文で、「本日は三年前の震災でお亡くなりになられた方々への鎮魂と、被災された方々が一日も早く平和な生活に戻れますよう祈りつつ、舞台を勤めたく存じます」と記した。
午後1時半から60分にわたって上演された「ゴスペル・イン・文楽」では、「イエス・キリストの生誕」「イエス・キリストの生涯」「最後の晩餐からユダの裏切りペテロの逃げ腰」「イエス・キリストの十字架」「イエス・キリストの復活」という5つの場面からなる構成で、三味線の力強い音色とともに、豊竹氏と2人の大夫が語る人形浄瑠璃が展開した。
この文楽は、「それ神はそのひとり子を給うほどに世を愛したまえり」(ヨハネによる福音書3章16節)という詞で始まった。着物姿のマリアの人形が、繊細な動きで、受胎告知に戸惑いつつもそれに従い、イエスを生む様子を表現した。
続いて、太い眉毛と力強い表情のイエスが威厳をもって湖で嵐を静め、ヤイロの娘を病死から甦らせた。
最後の晩餐では、パンとぶどう酒を前に「これは我が体 我が血である 我を覚えて記念とせよ」と語るイエスが登場。その後、ユダがイエスを売り渡したことが告げられた。また、ペテロが彼を見た人々に「私はイエスの弟子なんぞじゃごぜえやせん」と叫びつつも、「イエス様申し訳ごぜえやせん ワッシはなんて情けねぇ人間なんだアーッ」と嘆いた。
そして十字架の上でイエスが「我が神 我が神 なんぞ なんぞ我を見捨て給いしウウ… アア…」と絶叫。豊竹氏によると、これは人形浄瑠璃で侍が切腹をする場面に用いる発声法だという。
さらに舞台はイエスの復活で最終章を迎えた。驚くペテロに「我は霊にあらず。これは我が体なり」などとイエスが告げ、ペテロがイエスの手に針の穴の跡を見出してイエスのよみがえりを信じると、イエスはあまねく人々に自らをのべ伝え、洗礼を施し、命じたことを守るよう教えた。
そして、「光の子らよ喜び歌わん」「ハレルヤ、アーメン」と、イエスのよみがえりをたたえる詞で舞台は最高潮に達し、締めくくられた。(続く:「(2)能「聖パウロの回心」台本執筆者の林望氏、能や文楽が持つ普遍性を強調」へ)