チャリティー美術講演会「名画で見るイエスの生涯」が11日、カトリック豊島教会(東京都豊島区、田中隆弘主任司祭)で開催された。講師はベルギー王立美術館公認解説員の森耕治さん。受胎告知から復活まで、イエス・キリストの生涯が描かれた名画をスライドで映しながら解説し、47人がそれに耳を傾けた。
同講演会を主催し、会場となったカトリック豊島教会は、1948年に聖コロンバン会の宣教師によって創立され、聖パトリックが保護聖人であることから、「聖パトリック教会」とも呼ばれる。現在の聖堂は、チェコ出身の建築家アントニン・レーモンドが設計したもので、56年に献堂された。今回、東日本大震災被災地への支援に加え、築60年を超す聖堂の耐震補修のため、初めて同教会で美術講演会を持つことになった。
講師の森さんはベルギー在住で、2009年から欧州の名門美術館の1つに数えられるベルギー王立美術館で日本人初の公認解説員を務め、13年には、欧州の国立美術館で初めてとなる公認解説書を日本語で執筆した。クリスチャンである森さんは、「教会に入ったことがない人が来てくれれば」という思いから、無報酬で講演を引き受けた。
講演では、イエス・キリストの「降誕」「幼少時代」「宣教活動」「十字架」「復活」を描いた約10点の名画が取り上げられ、それぞれについて分かりやすく解説された。森さんは、そこに描かれた聖書の物語をひもときつつ、絵のモチーフや、そこに込められた一つ一つの意味をキリスト教的視点から探っていく。また、聖書だけでなく、当時の教会事情、作者の生い立ちや生活環境などにも踏み込み、これまでの美術史家が見落としていた「信仰」を意味するものを、まるで謎解きでもするかのように明らかにしていった。
最初に登場したのは、フランドル派の画家ロベルト・カンピンの「受胎告知」。これまで絵がゆがんで見えるといわれてきたこの絵について森さんは、中心に置かれた14角形のテーブルに注目する。「14」が純潔を示す数字であることから、聖母マリアの純潔をこのテーブルによって示すには、ここだけ上からテーブルを見下ろす必要があり、そのために遠近法をあえて犠牲にしたのではないかという。
続いて紹介したのは、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールが幼いイエスと父ヨセフを描いた「大工のヨセフ」。ラ・トゥールはヨセフを自身の守護聖人として考えていたため、父ヨセフを主人公とする宗教画がほとんど見られない中で、あえてヨセフを主人公にしたのではないかという。
また、この絵でヨセフが作っているのは、後にイエスがつけられる十字架であり、幼いイエスは、自らの受難のために父ヨセフの十字架づくりを手伝っていることになる。ロベルト・カンピンの「受胎告知」でも、天使の頭上に十字架を担ぐ小さなキリストが描かれており、ここでもキリストの受難が暗示されている。
イエスの宣教活動のエピソードとして取り上げたのは、フェデリコ・バロッチの「聖ペトロと聖アンデレの召命」と、ニコラ・プッサンの「姦淫女」、レンブラント・ファン・レインの「ラザロの復活」、ヨハネス・フェルメールの「マルタとマリアの家のキリスト」。
この4人はバロック時代を代表する画家だ。森さんは、バロック美術の特徴として、時や場所の異なる複数以上の場面を同一画面上に立体的に構成する方法、異時同画法が用いられていることを説明した。例えばバロッチの「聖ペトロと聖アンデレの召命」では、画面左上で「イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった」(ルカ5:2)ところ、手前では「今から後、あなたは人間をとる漁師になる」とイエスから言われるペトロ(10節)、その後ろに「彼らは舟を陸に引き上げ」(11節)る姿が同一画面上に描かれている。
さらに、イエスの生涯のクライマックスでは、ピーテル・パウル・ルーベンスの「ゴルゴタの丘行き」と「キリストの昇架」を取り上げた。「キリストの昇架」は、アニメ「フランダースの犬」で主人公ネロが見ることを願っていた絵だ。この作品は、イタリア・ルネサンス期の画家ティントレットの「キリスト磔刑」からインスピレーションを受けているという。
森さんはルーベンスの境遇にも触れ、父親の失脚により、生涯、カトリック画家として過ごしたことや、絵の中にルーベンスの母と少年ルーベンスのイメージが重なっていることを話した。そして、ルカによる福音書23章45節の「太陽は光を失っていた」が絵の中で表されていることも森さんは見逃さない。
最後に紹介したのは、ローラン・ド・ラ・イールの「3人のマリアの前に現れるキリスト」。この作品では、マグダラのマリア、聖母マリア、ヤコブとヨセフの母マリアの目の前にイエスが空から降りてくるところが描かれている。「宙を飛んでいるイエスの絵というのは、この作品以外にはないのではないか」。これはパリのカルメル会女子修道院教会の礼拝堂のために制作されたもので、「こういった大胆な構図は、修道女の教会だったから実現できたのかもしれない」と話した。
講演会に参加したカトリック信徒の女性は、「これまで見たことのある絵もあったが、そこに置かれているものを細かく見て、その意味を考えたことはなかったので、とてもいい勉強になった。いつも聞いている聖書の話を、絵画を通して聞けたのも新鮮で、とてもおもしろかった」と感想を語った。