「コーポレート・チャプレン」(企業チャプレン)が米国で今、注目を集めている。現在、巨大な多国籍企業から小さな家族経営の企業まで、ビジネスシーンの至るところに活躍の場を広げている企業チャプレンは、精神的ケアを通して従業員の集中力と判断力、さらには共同意識の向上に大きく貢献している。一方、日本ではチャプレンどころか、カウンセラーを置いている企業自体が少ない。うつ病などの精神的な病が社会問題化し、国内でのカウンセリングの必要性は高まってはいるものの、心理系の資格には国家資格もなく、充実した精神的ケアを提供するシステム作りは、これからという状況だ。
およそ4000人のチャプレンがビジネスを影から支えている米国では、企業にチャプレンの派遣を行う専門の団体が幾つかあり、そのための養成所も存在する。それでも、雇用の場の広がりにチャプレンの数が追いついていない状況だ。
英紙エコノミストによると、米食肉加工最大手タイソン・フーズでは、米国、メキシコ、カナダの合わせて8万5000人の従業員に対し、128人のチャプレンを確保している。同社代表のジョン・タイソン氏は、企業チャプレンが従業員の倫理的問題の解決に大きな役割を果たすと期待している。
企業チャプレンを求める声が強まったのはここ5、6年で、チャプレン派遣団体最大手「マーケットプレイス・チャプレンUSA」では、46州にまたがる300もの企業に2100人のチャプレンを派遣している。同社は、07年までの6年間で2倍の成長を遂げており、現在も毎週1社の割合で顧客を増やしている。
ノースカロライナのある企業では、24州の労働者7万5000人の相談窓口として、100人の常駐チャプレンを確保。その結果、自社が急速に成長したため、今後7年間でチャプレン1000人の体制を整える方針だ。
また、メキシコやプエルトリコといった南米への市場拡大により、チャプレン派遣の動きがさらに活発化すると予想されている。世界最大の市場として成長が期待される中国への拡大を求める声も出てきた。
米国では、地元を離れて母教会に通えなくなった多くのビジネスマンたちが、それを機に教会との縁を切るケースが多い。神との関係が薄れて精神的なよりどころをなくし、人生の迷いや悩み、虚無感にさいなまれている従業員に、企業チャプレンが人間の精神的主柱となる聖書に基づいた真の価値感を伝え、「心の拠り所」づくりを支えている。
多用な人種を職場に抱える米国では、特定宗教に縛られないケアを必要としており、チャプレンにも多文化に適応した対応が求められている。
神学を学び、祈り、信仰の基礎がしっかりとしていることはもちろん、企業で働くチャプレンとして、ビジネスの世界でいかに福音を適応させるかについての専門的な知識も必要となる。米国ではすでに病院、学校、また軍隊にもチャプレンが働いており、その存在感は大きい。
21世紀のビジネスシーンにおいて、チャプレン派遣会社の成長と、管理者側の従業員への心のケアに対する意識はこれまで以上に高まりを見せる米国。では、日本はどうか。
日本で比較的チャプレンの重要性が認識されつつある医療の現場においても、全国で約70(カトリック30、プロテスタント40)あるキリスト教系の病院のうち、専任のチャプレンを置いているのはたったの7箇所にすぎない。
米国では牧師となるための必須科目である臨床牧会訓練を行う施設が300以上あるが、日本で養成を行う機関は一部の大学と病院のみ。社会への浸透はまだまだこれからという段階だ。
会社を構成するのは従業員一人ひとりであり、その心のケアに努めることこそ、企業利益の安定化を図る最も有効な手段ともいえる。世界のマーケットをリードする日本の企業が、いかに従業員の心のケアに取り組んでいくのか。チャプレンを提供する日本のキリスト教会側と、経営の抜本的な改革の糸口をつかみたい企業側の今後の対応が注目される。