聖路加(せいるか)国際病院(東京都中央区)の元チャプレンによる性加害事件に絡む2次加害を巡る訴訟の第2回口頭弁論が4月19日、東京地裁であった。被害女性の支援者ら約30人が傍聴し、女性が意見陳述を行うなどした。口頭弁論後には、衆議院第2議員会館で院内集会が開かれ、女性を支援する牧師や、インターネット上の誹謗中傷抑止に取り組む団体の理事長らが話をした。
難病治療のために聖路加国際病院に通院していた女性は2017年、当時チャプレンとして勤務していた牧師(日本基督教団無任所教師、現在は免職)の男性から病院内で2度にわたり性被害を受けた。一方、この事件を巡っては、男性を支援する「支えて守る会」が18年、「(男性は)無実の罪を着せられた」とする声明を発表。キリスト新聞とクリスチャン新聞が、声明全文を引用した記事を掲載した。そのため、女性は昨年9月、2次加害に当たるとし、声明に関わった牧師3人と、声明を掲載した新聞2紙の両発行元を名誉毀損で提訴していた。
女性は意見陳述で、別の訴訟で男性による性加害が認定され、賠償命令が出ていることや、声明を巡る今回の訴訟に至った経緯、女性がこれまで受けてきた2次被害について説明。また、声明を含めた一連の2次加害の背景には、仲間同士で隠蔽(いんぺい)しかばい合う構造的な問題があると指摘。性被害を告発した人への誹謗中傷は、「被害者の尊厳を脅かし、社会的制裁や心の傷を再度与える」重大な人権侵害だと訴えた。
女性は当初、2月に開かれた第1回口頭弁論で意見陳述を予定していたが、被告側から反対意見が出るなどしたためかなわず、この際は用意した意見陳述書を院内集会で読み上げるだけだった(関連記事:聖路加事件2次加害訴訟、東京地裁で第1回口頭弁論 院内集会には元ジャニーズJr.も)。しかし今回は、東京地裁が容認したことで、法廷に立ってA4用紙3枚にまとめた意見陳述書を自らの口で読み上げることができた。
この日は、原告側からは女性と女性の代理人弁護士の計2人、被告側からはそれぞれの代理人弁護士計9人が出廷。女性による意見陳述のほか、被告側が提出したそれぞれの準備書面の確認などを行った。大寄麻代裁判長は争点整理の必要性を示し、次回は6月6日に法廷ではなくウェブ会議(非公開)で整理手続きが行われる予定。
院内集会では、女性を支援する「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」のメンバーである村上幹夫牧師(東洋ローア・キリスト伝道教会前橋伝道所)と、インターネット上の誹謗中傷抑止に取り組むNPO法人ビリオンビーの森山史海(みか)理事長が発題した。
聴覚障がい者であるため、自身は手話で話し、用意した文書を代読してもらう形で意見を述べた村上氏は、元チャプレンの男性を支援する「支えて守る会」がかなり早い時期からできていたと指摘。「被害者である女性が加害者であるかのように吹聴され、それを信じてしまった関係者が多かったことはとてもショックです」などと話した。また、男性が牧師として所属していた日本基督教団が今年3月、女性の要望書に対して送った回答書にも触れ、教団の対応の問題点を語った(関連記事:日本基督教団、聖路加チャプレン性加害事件の被害女性に回答書)。
森山氏は、「怖いのは誹謗中傷の後遺症」と言い、たとえ誹謗中傷が表面上なくなったとしても、被害者の痛みは残り続けると指摘。解決したと思っても、被害者が数年後に自殺してしまうケースが多くあると話した。「解決したと思っているのは周りだけなのです。心の傷はずっと残っています。『また書かれるのではないか』『まだ残っているのではないか』『まだそれを信じている人がいるのではないか』と、すごく大きな心の負担なのです」。また、誹謗中傷の被害は、本人だけでなく家族や友人、恋人など、周囲の人々にも広く影響が及ぶものだと話した。
院内集会ではこの他、交流会として、参加者一人一人がそれぞれの思いを語り合う時間も持たれた。
カトリック修道会「イエズス会」の関連団体に勤務する男性は、今回の訴訟の被告にメディアが含まれていることに触れ、「メディアが持っている暴力性を、メディアは深刻に自覚すべきだと思っています」と指摘。謝罪や再発防止を含め、責任の取り方を考えるべきだと話した。
東京都豊島区の男女平等推進センターで運営委員をしていた経験のある女性は、幼稚園も含めカトリック系の学校で14年間過ごした自身の経験を振り返り、「まさかあの人がそういうことをするわけがない」と思ってしまう感覚は、非常によく理解できるとコメント。そのため、今回の事件には「宗教の絡みがあるのではないかと思う」と話した。
被害者の女性から直接連絡を受け、この事件の2次加害について初めて知ったという女性牧師は、キリスト新聞の社長が、自身の所属する日本キリスト教会の信徒であることもあり、「何とか支援しなければ」と思い、初めて裁判を傍聴したと話した。また、キリスト教の教職者は多くが男性で、キリスト教界は「男社会」だと指摘。その中にいる女性たちも、さまざまな問題を「当たり前のこと」として受け流してしまっている側面があると語った。その上で、問題については一つ一つ気付き、是正し、口に出していかなければならないとし、被害者の女性の訴えが広く知られるように応援していきたいと話した。
元TBS記者の男性から性被害を受けたジャーナリストの伊藤詩織さんや、旧ジャニーズJr.の性被害者らを支援する活動を行っている日本キリスト教会の男性信徒は、「『誹謗中傷をやめてください』と言うだけでは足りなく、性暴力被害者が置かれた現状を正確に捉えてもらう必要があり、それを社会が受け止めていないのが大きな問題だと思っています」と話した。
また、カトリック修道会「神言修道会」の外国人神父から性被害を受け、昨年11月に修道会を相手取り訴訟を起こしたカトリック教会の女性信徒は、「性加害をする人は治療しないと自分の問題にも気付けません」と指摘。海外では、再発防止のため加害者に対する治療が行われていることを話した。その上で、元チャプレンの男性が所属していた日本スピリチュアルケア学会が、男性に対して必要な治療などを行っているのか疑問を呈した。
院内集会後には、女性や支援者ら7人が、性被害者支援などに取り組む本村伸子衆議院議員の国会事務所を訪問。▽子どもに接する仕事に就く人の性犯罪歴の確認を義務付ける「日本版DBS」の対象領域の宗教・医療分野への拡大、▽性加害を原因とする心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの治療に対する社会保障、▽医療従事者や宗教関係者による性加害・ハラスメントの実態調査などを要望した。
「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」は、女性の訴訟支援のほか、性暴力被害者支援の充実と2次加害を許さないための活動も行っており、X(旧ツイッター)やフェイスブックで情報発信をしている。また、活動のためのカンパも呼びかけており、郵便振替(00150・0・129926、オオシマシゲコ)で受け付けている。
■ 院内集会の様子の一部