「シャロンのバラ」はどんな色ですかと尋ねられました。白、赤?
私は調べてみましょうと返事をしました。ところが色どころか「バラ」そのものについて調べなければならなくなりました。聖書の原語ではハバッツェレトといい、2カ所に出てきます。欽定訳(KJ、英語訳)は「バラ」と訳しています。邦訳によっては「バラ」あるいは「サフラン」と全く異なった2つの植物を当てています。
ゲセニウスはサフランに似た秋の花(恐らくイヌサフランのこと)といいます。
ところで、サフランと訳されている語が別にあって「カルコム」といいます。カルコムはクロッカスに通じる植物です。聖書にただ1カ所、雅歌4:14にあります。
その箇所は植物の放つ香りを花嫁が醸し出す良い香りに例えて、ナルド、シナモンなどと共にカルコムも名を連ねられています。それでカルコムはクロッカス属のかぐわしい香りを放つサフラン(Crocus sativus L.)と理解されています。
カルコムとハバッツェレトの聖書箇所での訳を比べてみましょう。
新改訳2017 | 新改訳 | 共同訳 | 新共同訳 | 口語訳 | 現代訳 | KJ | |
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カルコム (雅歌4:14) |
サフラン | サフラン | サフラン | サフラン | サフラン | サフラン | saffron |
ハバッツェレト (雅歌2:1) |
バラ | サフラン | バラ | バラ | バラ | バラ | rose |
ハバッツェレト (イザヤ35:1) |
サフラン | サフラン | 野バラ | 野バラ | サフラン | ― | rose |
ハバッツェレトはその語幹をバツェルといい、意味は「球根、鱗茎」といわれます。それ故、サフラン、イヌサフラン、スイセン、ツルボランなどが候補になっています。
雅歌2:1、2を引用します。「私はシャロンのばら、谷間のゆり。わが愛する者が娘たちの間にいるのは、茨の中のゆりの花のようだ」。バラと訳されたヘブル語は「ハバッツェレト」、ユリは「ショシャナ」です。まずはこのように、聖書記者はこの2つの植物を明確に区別しています。
ユリについて
エジプトで花といえばスイレンというように、イスラエルではそれに倣ってユリは皆によく知られている美しい花の総称にもなっています。雅歌5:13には「唇はゆりの花」と唇に例えていますから、赤色の花と思われます。そこでイスラエルによく知られた赤花のアネモネと理解され、現代訳の雅歌では雅歌7:2を除いて残りの6カ所の「ゆりの花」をアネモネに訳しています。
一方、本来のユリ科のユリを指す場合もあります。神殿の前に立てられた2つの柱の頂の上にユリの花が細工されました。おそらく自生しているマドンナリリーです。
雅歌2:1、2では「シャロンのばら」(あるいはサフラン/脚注で)を、「谷間のゆり」「茨の中のゆりの花」と花を比べていることから、同時期に咲いていると思われます。マドンナリリーの花は白色で4〜5月、アネモネ(Anemone coronaria)は赤色、1〜4月で春早く、多く見られ、一般的によく知られています。どちらも春咲きです。しかし、サフランとイヌサフラン、この2種は秋咲きですから、ハバッツェレトの候補から外れてしまいます。
ちなみにイヌサフランの花の色は紫がかったピンク色で、サフランは青紫色です。花の形はいずれもロート型で似ていますが、イヌサフランは良い香りを放ちません。
イヌサフランは植物学上、イヌサフラン科コルチカム属 Colchicum autumnale です。雄しべの数は6本です。花が終わった後に葉が出ます。種子や球根から取れるコルヒチンは体細胞分裂時にできるはずの新しい細胞膜をできにくくします。元々の一細胞中に分裂して増えた染色体もとどまり、染色体数が2倍の細胞となります。2倍体から4倍体細胞を作るのに使われています。種なしの品種を作る一手段です。
サフランはアヤメ科クロッカス属でおしべは黄色、3本です。雌しべは1本で途中で3本に分かれ長い。赤色で香りつけ、薬用などに使用します。高価で貴重です。
ツルボランの仲間 Asphodelus 属の植物(ユリ科)
ハナツルボラン(A.fistulosus L.)は地中海沿岸やシャロンの野に多く自生しています。鱗茎から葉が出、その間から花茎(20〜50センチ)を出し、短く枝分かれした先にそれぞれ花を咲かせ、穂状の草姿になります。白色の花弁の中央に紫褐色の縦線が入ります。
これよりも少し大きい白い花をつけるのがツルボラン(大槻虎男氏のいうナツツルボラン A.microcarpus Viv. = A.ramosus = A. aestivus)です。この仲間の中で一番よく見かけられると廣部氏はいわれます。3月の春咲きです。
バラ
欽定訳で「バラ」と訳していますが、その根拠が明らかではありません。大槻氏はイスラエルにある5種ほどのバラ属を挙げ、分布や樹の形を考慮して、雅歌の「バラ」に当てるのには難しいといわれています。
ある聖書百科事典では、いわゆるバラではなくユリまたはスイセンという説明です。
スイセン(ヒガンバナ科)
さて、ハバッツェレトを、アラム語聖書のタルグム訳ではナルコス(スイセンの意)と訳しています。イスラエルに2種類のスイセンがあるといわれます。
フサザキスイセン(Narcissus tazetta)はシャロン平原に自生していて、イスラエルでの開花時期は12〜2月、春咲きです。6枚の花被片は白色で横向きにラッパ状に開き、花の中心の副花冠は黄色です。香りが良く、よく知られています。
今一つのスイセン(N. serotinus)は葉に先立って花茎が芽を出し、花を咲かせます。海岸性で分布がまれといわれます。花被片は白色ですが、その巾が前種よりも狭く、花の時期も12月だけの短期間です。
原語の意味と分布幅、開花期から人々によく知られている球根性の普通の花がハバッツェレトで、スイセン、フサザキスイセンの可能性が高いのではと思われます。ドイツ語訳ではシャロンのスイセン(die Narzisse in Saron)です。
花嫁は野に白く輝き、良い香りを漂わせるスイセンのように、またある時には、緑の中に映える赤花のアネモネのように自分を飾り、花婿にとっても花嫁は心にいつでも麗しく映る特別の存在です。キリストと教会は花婿と花嫁に例えられます。
雅歌も神とその民の間の愛を表しているものと考えられます。創造主の神は私たち一人一人をお創りになり、かけがえのない者として愛を注いでくださいます。私たちもその愛を受け取り、愛する者に変えられましょう。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ43:4)
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