この1年半余り、社会のさまざまな領域に影響を与え、今も与え続けている新型コロナウイルス感染症。この100年に1度といわれる世界的な感染症に、宗教者はこれまでどのように対応してきたのか。庭野平和財団が主催する連続セミナー「新型感染症の影響と市民社会」の第3回が14日、オンラインで開催され、宗教界のこれまでの対応が報告された。
同財団は昨年も同様の連続セミナーを開催しており、昨年は「新型コロナウイルス感染拡大への宗教者の対応のこれまでとこれから」と題し、全日本仏教会理事長の戸松義晴氏と日本YWCA業務執行理事の西原美香子氏が講演した(関連記事:新型コロナ感染拡大への宗教者の対応 「これまで」と「これから」)。今年は「今回の事態を受けた宗教者の対応の推移」と題し、戸松、西原の両氏の他に、NPO法人「日越ともいき支援会」代表理事の吉水慈豊(じほう)氏も加わり、これまで取り組んできた活動や、それぞれが目にしてきた現状を報告した。
戸松義晴・全日本仏教会理事長
戸松氏が理事長を務める全日本仏教会は、主要59宗派を含め100以上の宗派・都道府県仏教会・団体が加盟する日本の伝統仏教界唯一の連合組織。昨年、コロナ禍の影響を把握するため臨時調査を実施し、コロナ禍において寺院や僧侶に求める役割を尋ねたところ、1位は「不安な人たちに寄り添う」(32・1%)で、2位は「コロナ禍の終息を祈る」(21・9%)だったという。戸松氏によると、通常は「葬儀」が1位となるが、今回は18・1%で3位。コロナ禍で人々が「寄り添う」ことを宗教者に求めていることが分かったという。しかしその一方で、多くの寺院や僧侶は感染防止を理由に活動を自粛し、不安な人々に積極的な働き掛けをしてこなかった現実もあると振り返った。
コロナ禍の中、実際に行った取り組みとしては、フードパントリーや高齢者のためのワクチン接種予約支援などを紹介した。埼玉県川越市では、異なる宗派の寺院2つが地元の市民団体と協力し、ひとり親家庭や子育て中の生活保護受給者などを対象としたフードパントリーを実施している。2寺院で計約140家庭が協力し、地元のフードパントリーネットワークから提供された食料や日用品を無料で配布している。会場は負担が大きくならないよう、2寺院が交互で担当し、毎月1回開催。寺院を会場にすることで、「支援する側」と「支援される側」という上下関係ができづらい、スペースが広く社会的な信用があり安心して利用できる、「お寺」が身近な存在に感じられるようになる、といったメリットがあると紹介した。
静岡県伊豆の国市では、回線が混雑して電話予約がしづらく、一方で不慣れなためネット予約が難しい高齢者らのために、地元の寺院がコロナワクチン接種のネット予約支援を行った。寺院を訪れた希望者のために、パソコンでの入力を代行するもので、地元紙で取り上げられたほか、伊豆の国市のホームページでも紹介されたという。戸松氏は「具体的に『思いを形に』することの大切さを体験したものだった。これはお寺に限らず、他宗教もできる事例ではないか」と語った。
西原美香子・YWCA業務執行理事
自身は日本聖公会に所属し、日本キリスト教協議会(NCC)副議長も務める西原氏は、コロナ禍を受けたキリスト教界全体の状況を概説するとともに、YWCAの活動を紹介。また、コロナ禍で見えてきたものとして、宗教団体の地域における役割について語った。
キリスト教は「交わり」と呼ぶ信者同士の交流を大切にしているが、コロナ禍の初期は、日曜日の礼拝を中止したり、制限したりせざるを得なかった。現在は、会衆席の間隔を空けたり、説教台にアクリル板を設置したりと、さまざまな対策を行った上で対面の礼拝を行っているところが多く、対面とオンラインを合わせた「ハイブリッド礼拝」を行う教会も多くあることを紹介した。
YWCAが行った取り組みとしては、札幌YWCAと地元の諸教会が協力して困窮する若者たちに食料を無料配布した「さっぽろ若者応援プロジェクト」や、それぞれの思いや悩みを安全に安心して語り合うことができる「セーフスペース」のオンライン開催、コロナ禍で臨時休校になり行き場のなくなった子どもたちのために平塚YWCAが開いた「ワイワイスクール」などを紹介した。
コロナ禍で見えてきたものとしては、寺院や神社、教会など、地域に根ざした宗教団体、またそれらから派生したYWCAなどの団体は、安全な地域コミュニティーづくりのための「ミッションステーション(使命を担った拠点)」だと指摘。地域コミュニティーが本当の意味で、安全で安心できるものになるためには、これらの存在が欠かせないと語った。その上でこうした宗教団体が、「公」に対しては必要に応じて声を上げ、「私」に対しては奉仕する「公共」としての役割を担っていく必要があるとした。
吉水慈豊・日越ともいき支援会代表理事
吉水氏が代表理事を務める日越ともいき支援会は、主にベトナム人技能実習生を支援しているNPO法人。吉水氏は、活動を始めた経緯を説明するとともに、コロナ禍によりさらに厳しい状況に追い込まれているベトナム人技能実習生の事例を紹介した。
吉水氏の父・大智氏は、浄土宗の寺院「日新窟(にっしんくつ)」の前住職で、ベトナム戦争の影響を受けたベトナム人僧侶らの支援を1960年代から始めた。日新窟はそれ以来、ベトナムとの交流を続け、2011年の東日本大震災では、ベトナム人被災者80人以上を受け入れた。これがきっかけとなり、在留ベトナム人の間で日新窟の存在が広く知られるようになるが、同時にベトナム人技能実習生や留学生からの相談も増加。3年間でベトナム人の若者ら150人余りの葬儀を行う現実を前に、「これは何かがおかしい」と、技能実習制度の問題を意識するようになり活動を始めたという。
コロナ禍における具体的な事例としては、昨年10月にNHKで「駅に捨てられた実習生」として取り上げられた青年の事例などを紹介した。静岡県の建築会社で働いていたこの青年は、コロナ禍で仕事が少なくなり、会社から休みを告げる連絡が続く中、監理団体から東京に来るよう言われた。指示に従って東京に行くが、駅に迎えに来る人はいなく、青年はそのまま行き場を失ってしまう。言葉もよく分からない異国の地で3カ月余り路頭に迷うことになるが、北海道で技能実習生として働いていた姉と連絡がつながり、何とか生き延び日越ともいき支援会に辿り着くことができた。青年は再就職も可能な在留資格を持っていたが、「日本人がどうしても怖い」として昨年11月に帰国。吉水氏は「コロナ禍の一番かわいそうな事例だった」と語った。
連続セミナーは全4回の開催。すでにすべての回が終了しているが、各回の抄録や資料は後日、同財団のウェブサイトに掲載される予定。