ソマリア半島の人道問題に取り組む非政府組織(NGO)によると、昨年11月から紛争が続くエチオピア北部ティグレ州で、教会に隠れていた750人が殺害される事件があった。現地ではキリスト教の司祭にも多数の犠牲者が出ており、報告されているだけでもこれまでに70人以上の司祭が殺害された。
エチオピアを含むアフリカ東部のソマリア半島の人道問題に取り組むNGO「EEPA」(本部・ベルギー)は、9日付の情勢報告(英語)で、同州アクスムにあるエチオピア正教会の「シオンの聖マリア教会」において750人が殺害される事件があったと伝えた。シオンの聖マリア教会は、モーセの十戒が刻まれた石板を納めた「契約の箱」が保管されていると言い伝えられており、現地人の間では、襲撃は契約の箱を狙ったものだと考えられているという。
さらに詳細を伝えている12日付の情勢報告(英語)によると、大量虐殺が行われたのは昨年12月15日。当時、教会や周辺の施設には千人近い人がおり、教会内は人でいっぱいだったという。そこにエチオピア軍とアムハラ人の民兵組織が進軍し、教会に隠れていた人々に広場に出させた上で、750人を銃殺したという。
現地では、キリスト教の司祭も数多く殺害されている。16日付の情勢報告(英語)によると、教会に入ろうとしたエリトリア軍兵士に抗議したことで、司祭2人が殺害された。この紛争では、隣国のエリトリア軍もエチオピア軍側の支援を目的に関与しているとされる。また24日付の情勢報告(英語)によると、国境に近い同州アディフェタウ村のエチオピア正教会の教会でも大量虐殺があり、司祭48人が殺害された。この殺害もエリトリア軍が関与していると伝えられているという。さらに、同州中部エダガアルビでも24日に大量虐殺があり、エリトリア軍が司祭24人を殺害したとされている。
一方、24日付の情勢報告は、シオンの聖マリア教会における大量虐殺について、民族間の対立も背景にあることを示唆している。それによると、エチオピア正教会内のアムハラ人の指導者層が、保護を名目に契約の箱を紛争が続くティグレ州からアムハラ人が多数派を占めるアムハラ州内に一時的に移転することを提案したという。これにアクスムの住民が反発したことで、今回の事件につながったとされている。
カトリック支援団体「エイド・トゥー・ザ・チャーチ・イン・ニード」(ACN、英語)は22日、匿名の現地情報筋の話として、エチオピアでは教会に対する一連の攻撃により、シオンの聖マリア教会における750人の犠牲者を含め、これまでに千人近くが殺害されたと伝えた。情報筋はACNに次のように話している。
「アクスムで750人が殺され、マリアム・デンゲラト教会では12月に154人が殺されました。また私の地元でも、ある村の一家10人がクリスマスに殺害されました。イロブでは32人以上がエリトリア軍に殺害され、ザランバッサでは56人、セベヤでは11人が殺されました。グレマカダのギエテロにある教会では司祭を含め32人が殺されたと聞いています。さらに他の地域でも20人が殺害されたと聞いています」
「率直に言えば、問題はエリトリア軍が最初から関与していることにあります。政府は否定していますが、殺害を行っているのはティグレ州東部と北西部のエリトリア軍です」
エチオピアはさまざまな民族で構成される多民族国家。最大民族のオモロ人と、人口の3割弱を占めるアムハラ人が2大民族として多数派を占める一方、ティグレ人などさまざまな少数民族が存在する。ティグレ人は少数民族ながら、ティグレ人民解放戦線(TPLF)が中心となって、1991年に当時の軍事政権を打倒して以降、政権を握ってきた。しかし、2018年にオモロ人のアビー・アハメド首相が就任したことで政権を喪失。昨年8月に予定されていた総選挙で政権奪還を目指していた。
しかし、アビー政権は新型コロナウイルスを理由に総選挙を延期。ティグレ州政府を率いるTPLFがこれに反発し、同州で選挙を強行したことで、昨年11月に武力衝突に発展した。
この紛争をめぐっては、キリスト教国際NGOのワールド・ビジョンがすでに、150万ドル(約1億5600万円)規模の緊急支援を実施。しかし被害が甚大だとして、新たに1千万ドル(約10億3700万円)規模の追加支援を行うことを決め、日本でも募金への協力を呼び掛けるなどしている(関連記事:エチオピア北部紛争、ワールド・ビジョンが10億円規模の追加支援 緊急募金呼び掛け)。