米ニューヨークの国連本部で23日に開催された「気候行動サミット」。77カ国から代表者が集まり、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を抑制し、2050年までに実質排出量をゼロにしようと議論した。その席上で、スウェーデン出身の16歳の環境活動家、グレタ・トゥンベリさんが強烈なスピーチを行った。
「若者たちは、あなたがた(各国首脳たち)の裏切りに気付き始めている」
涙ながらに訴える若者の姿、そしてスピーチの内容に世界が震撼(しんかん)した。特に、このサミットの席上にドナルド・トランプ米大統領が姿を見せたことで、緊張は一気にマックスへ。なぜなら、トランプ氏は2017年6月に、温暖化対策の国際ルールである「パリ協定」から離脱すると正式に表明し(実際の離脱は、協定の規定により2020年11月以降)、地球の温暖化を「信じない」とさえ言い放っているからだ。
24日に筆者が書評で取り上げた、三井誠著『ルポ 人は科学が苦手 アメリカ「科学不信」の現場から』の中でも紹介されていたが、米国の二酸化炭素排出量は世界一。この国が抑制をしなければ、いくら他の76カ国が抑制遵守を表明しても決定的な防止策にならないことは自明である。
さらに本サミットでは、各国首脳が温室効果ガス抑制の具体案を示さず、鳴り物入りで入閣した日本の新環境大臣、小泉進次郎氏は「セクシー発言」のみが話題となっており、登壇の機会すらない。そんな各国の状況に業を煮やしたのか、わずか5分間のスピーチながら、16歳の少女の言葉はストレートかつ鋭い語調で世界に響いた。彼女がスピーチの中で4回も用いたフレーズ「How dare you(よくもそんなことができるわね)」は、SNS上でトップのトレンドワードとなり、世界中に拡散された。
多くの者が彼女のスピーチに驚嘆し、賛同した。しかし、中にはそうでない者もいた。確かに彼女の勇気と乾坤一擲(けんこついってき)のスピーチは素晴らしく、思わず私もニュースの画面を見入ってしまった。だが、それでも「届かない」層は現実に存在する。
それは若輩者に対する無理解や、アスペルガー症候群に対する偏見だけが理由ではない。無理解や偏見だけなら、ある意味すぐに是正できる。例えば、米国の政治評論家であるマイケル・ノウルズ氏は、米保守系テレビ局フォックスのニュース番組で「(トゥンベリさんは)精神的に病んでいる」と発言し、発達障がいへの偏見と若者への辛辣(しんらつ)な態度を露呈させてしまった。この発言がもとで、彼は即座に番組コメンテーターから降板させられている。世論は、そして彼女のスピーチを聞いた多くの者たちは、確かに心動かされた。そしてそれは、彼女のような人を病人扱いしてはいけないと、ポリティカル・コレクトネスとして正常に機能した。しかし、事はそう単純ではない。
名前こそ挙げなかったが、半ば直接的な非難を浴びたトランプ氏は、ツイッターで「彼女はとても幸せな少女に見える。明るく素晴らしい未来を心待ちにしているようだ。見ていて何とも気持ちがいい!」と発言。当然多くの非難の声が上がっている。地球温暖化に関して、トゥンベリさんと正反対の立場を表明している彼が、このような発言をすることができる理由は何だろうか。
もちろん大統領選が行われていたころから、トランプ氏自身のパーソナリティーに関する異常性は指摘されていた。米国の精神科医が警告を発した書籍(『ドナルド・トランプの危険な兆候―精神科医たちは敢えて告発する』)さえも発売されている。だが、トランプ氏がこのような発言をできる基盤は、彼の性格にのみ由来するものではない。彼を支持する者の中に、もっと強固なものが存在している。それは、彼らが自明と受け止めている「聖書的世界観」である。
25日付の米ニューズウィーク誌に、以下のような記事が掲載された。
「福音派牧師からグレタ・トゥンベリさんへ 『大丈夫、神様は地球を再び水没させることはないと約束された』(Evangelical Pastor to Greta Thunberg: Don't Worry, God Promised Not to Flood Earth Again)」
記事によると、こう主張しているのは、テキサス州にある福音派のメガチャーチで牧師をしているロバート・ジェフレス氏である。彼は「トランプ大統領の福音派顧問団(President Trump's Evangelical Advisory Board)」のメンバーで、ホワイトハウスを信仰的に指導するという責務を担っている人物である。ただし、ここで断っておきたいのは、彼が米国の「福音派」(Evangelicals)の代表ではないし、彼の主張にすべての福音派が賛成しているわけではないということだ。ジェフレス氏は地球温暖化を「想像上の危機」であるとし、トゥンベリさんの発言に対してこう主張した。
「かわいそうなグレタさんに、誰かが創世記9章を読んであげる必要がある。そして、彼女が地球温暖化に関して次に不安になったときには、ただ虹を見上げたらいいんだよ、と言ってあげてほしい。これは、極地の氷が溶け、再び洪水が世界を覆うようなことはないという神様の約束なんだと」
確かに、旧約聖書の創世記9章8~16節には、こんな言葉がある。
「神はノアと彼の息子たちに言われた。「わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。(中略)わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」
更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。(中略)雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」
トランプ氏の支持層の中には、このように聖書の言葉を解釈し、だから「地球温暖化はあり得ない。たとえ気温が上昇したとしても、地球が水没することはあり得ない」と訴えているのである。しかも、トゥンベリさんがスピーチしたその矢先に、こうした間接的な反論が福音派、しかもメガチャーチの現役牧師(何度も言うが、彼が「ミスター福音派」ではない!)の口から出てきたことに注目すべきである。
残念ながらトゥンベリさんが向き合っている「敵」は、米国に限っていうなら、トランプ氏だけではないということである。彼女のスピーチを、超保守的な「聖書的世界観」で生きている米国人は受け入れられない。なぜなら、それを自分たちの世界観への挑戦と受け止めてしまうからである。
その辺りに関しては、マーク・R・アムスタッツ氏の著作『エヴァンジェリカルズ―アメリカ外交を動かすキリスト教福音派』(太田出版、2014年)の第8章に詳細に書かれている。アムスタッツ氏は、イリノイ州にある福音派のウィートン大学で政治学の教授をしている人物だ。本書によると「(2013年以前)福音派は地球環境問題に関する政策論議にはほとんど貢献してこなかった」ということである。かろうじて「環境に関する聖書的な見解に注目したことにより、信徒の創造物への配慮と地球の資質のスチュワードシップへの関心が増大した」程度である。
本書が米国で出版されたのが2013年であることを考えるなら、トランプ大統領誕生以後の福音派(特に宗教右派)の躍進は、皮肉にもアムスタッツ氏が言及している「地球環境問題に関する政策論議」への積極的関与を逆方向に生み出し、結果として逆説的に「地球の資質のスチュワードシップへの関心が増大」してしまったことになる。
米国の福音派をめぐる議論は今後も継続されるだろう。まずは来年の大統領選挙である。ここで次の4年間のかじ取りが決まる。
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