■ 5歳の時、母親が代わりの祖母と叔父を殺される
今年4月7日は約80万人の犠牲者を出したルワンダ大虐殺からちょうど20周年にあたったが、その生存者の1人が――彼は「オペレーション・クリスマス・チャイルド」で働いている――自分の家族を殺害した人々を訪問し、ゆるしたという個人的な経験を語った。また彼は、この20年の間のルワンダの回復と成長は目覚しかったと話す。
「神様が奇跡を起こしてくださったおかげで、私は叔父を殺した男に会う機会を得ることができました。そして神の愛とゆるしのメッセージを彼と分かち合い、彼の人生に希望と愛の種を蒔くことができたのです。彼のためにもキリストは死んでくださり、私を愛するように彼のことも愛してくださっているのだと、彼に伝えることができました」と、アレックス・センギマナさんは米クリスチャンポスト紙に語った。
「あの頃は私の人生で最もつらい日々だったと思いますが、しかしまた最も自由な日々でもあったと思います。苦しみから解放されて、イエス・キリストだけが与えることのできる平安を得ることができたからです」
センギマナさんはまだ4歳だった時、ルワンダで実の母親をHIVのために亡くした。父親には一度も会ったこともなく、彼と彼の姉と弟とを世話してくれた祖母とは非常に仲が良かったという。
「大虐殺は1994年4月7日に始まりました。私の家族はツチ部族の一員と思われていましたので、まず最初に追われ、殺されたのです」とンセンギマナさんは語った。
軍隊が家に来て、扉を叩き壊し、子ども達は外に出るようにと命令し、そして彼の祖母が殺害されたのは、彼はまだ5歳だった。兵士たちはまた戻ってきて、子ども達の目の前で彼らの叔父をも殺害した。
ルワンダ大虐殺は史上最も悲惨な出来事の一つとされているが、1994年4月と6月の間の100日間の間に継続して行われた。ルワンダのジュベナール・ハビャリマナ大統領の乗った飛行機が4月6日に撃墜されたことが発端となり、フツ系政権が約80万のツチ族の人々を虐殺するという事態に発展した。
国連は4月7日の大虐殺20周年で追悼を行い、世界中の人々に「記憶に留め、団結し、再生する」ようにと呼びかけた。(続く:キリストとの出会い、殺害者をゆるせないことへの葛藤)