10日、日本基督教団信濃町教会(東京都新宿区)で日本エキュメニカル協会(JEA)主催の第2回目公開研究会が開催された。7月に開催されたシリーズ第1回目の日本カトリック教会森一弘司教によるカトリック教会の見地から見た「これからの教会のあり方」に引き続き、シリーズ第2回目となった今回の公開研究会では、日本福音ルーテル東京池袋教会牧師の立山忠浩氏から、日本福音ルーテル教会の公式のものではなく、東教区に設置されている宣教研究機関である「宣教ビジョンセンター」、及び個人的見解とした上で、日本福音ルーテル教会の宣教方策の歴史や現状の問題点の説明がなされた。
立山氏は、日本福音ルーテル教会の教会組織、行政組織について紹介し、他教派との主日礼拝出席者総数、一教会礼拝出席者数および一教会当たりの年間洗礼者数について2009年度の統計を示し、日本福音ルーテル教会と日本キリスト教団、聖公会など他の主要なプロテスタントの教派の抱える問題が、統計の数値上において似かよったものが見られているのではないかと指摘した。日本福音ルーテル教会の登録人数としての信徒数は22,000人であるが、実体数としての現住会員数は8,200人でしかないという。さらに年間平均礼拝出席者数は全国総数で3,900人、一教会平均にすると主日礼拝出席者数は33人となるという。受洗者数では全国で年間111人となり、1教会当たりの洗礼者は年間一人でしかないという。
日本福音ルーテル教会の特色として「~がひとつ」と言うものがたくさんあることが挙げられるという。たとえば教理については『一致信条書』(1580年)において「ひとつ」であり、毎週の礼拝についても、全国共通した「ひとつ」の礼拝式文を用い、聖書箇所は決められたぺリコーぺに従って同じ箇所が全国の教会で読まれる。また神学校は東京都三鷹市にある日本ルーテル神学校を「ひとつ」の教職養成機関としており、牧師給与については年齢ごとに決められた「ひとつ」の基本給俸給制度があり、それに従って牧師給が支給されているという。その他ルーテル教会の人事や地域教会の支援体制についても詳細が説明された。
ルーテル教会の宣教方策の歴史については、1973年から1980年の第一次宣教方策から始められているという。立山氏は、ルーテル教会が「宣教方策」を考える以前は、海外の宣教師を中心に個々人のカリスマをもって教会を引っ張ってきたが、1969年にエチオピアのアスマラで開催された協議会で、日本福音ルーテル教会の総会議長が「米国からの補助金をなくす」と発言したことに端を発し、宣教方策を日本の教会で考えざるを得なくなったのだという。この時期の米国はベトナム戦争で財政的に疲弊していた時期でもあり、教会も例外ではなかったことから、総会議長の発言が「宣言」と受け取られてしまい、海外支援からの脱却と財政的自立の決意宣言となるに至ったという。
海外からの援助が途絶えた後の「財政的自立・自給」の達成が焦眉の急と言うべき課題となったため、以降「第2次綜合方策」(1981~1988)、「第3次綜合方策(1989~1996)、「第4次綜合方策」(1998~2002)、「PM方策(第5次綜合方策」)」(2002~2012)と宣教方策が続き、来年5月の総会で「第6次綜合方策」(2012~2018)が審議される予定であるという。
日本福音ルーテル教会は、1893年の宣教開始から「アスマラ宣言」(1969年)までの宣教では、教会本体の宣教の他に、学校、幼稚園での教育、社会福祉分野での働きにも力が注がれてきた。海外からの宣教師が個人のカリスマによって「生涯を日本のために奉げる」姿が当時の日本人の心を打ち、宣教方策に基づく宣教と言うよりも「海外から来た宣教師の個々人のカリスマに頼る宣教」であったと指摘された。
日本福音ルーテル教会の宣教方策として、社会の変化に伴い、場当たり的な宣教ではなく、大局的かつ視野に富んだ教会の宣教方策が求められてきているという。これまでの第1次~第5次の宣教方策を振り返って、検証する限りでは、決して十分ではない宣教の問題点が見出されてきたという。宣教の問題点として第一に、現代社会における「宣教」に対する神学的、社会学的な考察が必要であり、第二に現代に生きている日本人の生活と精神構造への考察が必要であり、第三に現在の日本福音ルーテル教会が、総花的にすべてに対峙していく力を持たないことを認識し、集約された具体的な事柄を選択して、教会として優先的に取り組まなければならない課題を明確にしていかなければならないという。
ルーテル教会は2017年に宗教改革500周年という記念の年を迎える。立山氏は今後の宣教方策の基本理念として、ルーテル教会の他教派にない特色を生かした宣教方策を作成するために、ルター派の宣教論、人間理解、歴史、海外ミッションとのかかわりなどの特色を抽出し、宗教改革500周年を活かしてルター派教会のアイデンティティを再確認し、そこに属することの自信と誇りを持つことのできるような教会教育活動を展開して行く必要があるのではないかと述べた。
また現在のルーテル教会の教会運営維持のために、差し迫る問題として「牧師給与のあり方の再検討」が必要であるという。ルーテル教会の牧師給の基本的理解は平等主義であり、最低賃金が保証されているという。この最低賃金を各個教会で全額拠出できない場合には、所属する教区からの補助金で不足分を補ってきたという。しかし現実面として教勢の減少や献金意欲の低下傾向から、各教区の補助金の枯渇傾向が否めないという。そのため、ルーテル教会では牧師数の増加を願いながらも、一方では牧師がこれ以上増えれば牧師給を賄えないという現実を抱えているという。
また東日本大震災後の宣教策として、「東日本大震災を機に日本福音ルーテル教会の宣教が変わるかどうか、これが問われなければならない大きな課題である」と指摘した。今回の大震災は二つの課題をルーテル教会に投げかけているという。第一に「ルーテル教会は『奉仕する』(ディアコニア)教会であるか」という事が挙げられるという。震災後ルーテル教会は、「ルーテルとなりびと」を中心とした迅速で、積極的な支援活動を続けて来たことで大きな成果を上げ、地域の人々から高い評価を得ているという喜ばしい事実があるものの、これからの支援の在り方がむしろ課題であるという。また日本福音ルーテル教会の限られた人材と財力を分析し、他の活動を後回しにしてでもディアコニア活動を優先させて継続するのか、それとも一応の目処をつけた後は撤退するのかの判断が問われているという。
第二の課題として、「ルーテル教会が社会問題に対していかに声を上げていくか」という課題があるという。立山氏は、「福島原子力発電所の放射能災害は、日本はおろか、世界中に衝撃を与え、世界各国のエネルギー政策を揺るがしています。原子力発電の存続に関するエネルギー政策問題が大きな政治的テーマとなっていますが、ルーテル教会内での『預言者の声』に関する議論はまだ起こっていません。東日本大震災から8カ月が経過した今となって、ルーテル教会から原子力発電問題に対する見解を述べる一致した声明文がそろそろ出されても良い頃ではないかと思っています」と述べた。教職個人として原発問題に対する見解を述べる教職者は存在しても、教会全体としての一致した声明文には至らない状態にあるという。今後のルーテル教会の課題として、「この世の問題に対してどのような声を発する教会なのか、それともこの世のことには距離を置く教会なのか、『二王国論』などのルター派の神学を吟味しながら、教会の宣教方策に則り判断すべき課題であると思っています」と述べた。
また質疑応答では、朝祷会全国連合エキュメニカル担当の野村晋一氏が、「日本の教会の伝道と財政については様々な教会において課題となっていると思います。(このことに関する解決方法の一案として)教会の施設をもっと自由に貸し出すことが必要ではないでしょうか。『ブライダル伝道』という伝道方法がありますが、ノンクリスチャンの結婚式と教会の中の結婚式の在り方が別々に動いてしまっています。この要因の半分は商業主義にあり、もう半分の要因は教会側が厳しい規制をかけ過ぎていることにあるのではないかと思われます。もう少し教会の施設の外部への貸し出し規制を緩やかにすることで、施設利用料が入ってくるようになり、ノンクリスチャンが教会により来やすくなるのではないでしょうか。伝道の視点から見ますと、日本の教会で伝道が成功している牧師先生のお話によりますと、礼拝、愛餐があって『その後教会で何ができるか』というところが重要になっている様です。伝道が成功している教会では、信徒に教会の施設を任せて、愛餐後に自由に使用させています。教会の信徒たちに、今まで以上に自由にいろいろな活動を教会の施設で行っていただくことが、教会員が継続的に教会に来ていただくことにつながるのではないでしょうか。教会の施設利用について、牧師先生と役員の代表の2名だけで判断して、外部の方々にも施設を有料で自由に貸し出すことができるようにしていってはどうかと思います」と提言した。
福島県いわき市いわきアッセンブリー教会牧師の奥田冬樹氏は「3.11後の支援活動で、市内の教会の一致した働きが進められてきました。いわき市の状況に対する支援活動はこれからです。今までの避難所に来て物資を届ける支援がやっと落ち着いたというこの時期からが、教会が人々を救う勝負の時期であると本当に思っています。阪神淡路大震災では、震災で亡くなられた方よりも、その後に自殺した方の方が多いと言われていますが、そのように被災地で心に傷を受けておられる分、被災者の心は教会に対してオープンになっており、私たち教会からのメンバーが被災者の仮設住宅に訪問しますと、心を開いてくださいます。これから教会が被災者の心に届く支援を行っていくことがとても必要だと思います。被災地の支援活動を今の時期で止めてしまうということは、これから(教会に招くことができるという)一番良い時期に支援活動を止めてしまう事であると思っています。被災地の支援活動は、これからあと2年間が勝負だと思います。少なくとも2013年の3月まで、この2年間にわたって被災者に対する教会による心のケアの支援がとても大切であると思います。支援物資を持っていって、仮設住宅を訪れ、被災者の心に触れると、その人が支援者にいろいろと質問してきて、そこで伝道が始まり、被災者が教会に結びついて、教会の発展になっていくのではないでしょうか」と述べた。
エキュメニカル研究会シリーズ第3回目は来年6月「日本聖公会」について講演がなされる予定である。エキュメニカル研究会では、カトリック、プロテスタント各宗派の教職者らが共に集い、互いの宗派の歴史や教会組織、宣教方策についての相互理解、意見交換を促進させている。