サン師は旧約聖書イザヤ6章を引用して、神が預言者イザヤに与えた預言について詳細に説明した。「罪で汚れた人間の唇は、神の炎で焼かれた炭火によって清められ、罪が焼き尽くされ、神の言葉を取り次ぐ唇へと変えられた」と述べ、人間の伝道の使命と権威は神から与えられたものであることを強調した。日本福音同盟の具志堅聖総主事が通訳を務めた。
サン師は、現在のクリスチャンが陥りやすい問題を預言者イザヤの姿から伝えた。神の前に罪を示された預言者イザヤは、悔い改めたが、自身の罪深さを知って自虐をし、「神に願い求めることなどできない」と考えた。
「確かに、全ての人が神の前に罪を犯した。罪人である私たちは、神の前に出る資格などない」とサン師。「しかし、その罪を取り除いたのがイエス・キリストの十字架だった。十字架の上でイエスが『彼らを赦してください』と祈った祈りは、われわれ1人ひとりのため。十字架の前に出るとき、私たちは、すでに罪が全て赦されていることを悟るのです。」
サン師は、日本で毎年3万人以上が自殺で命を捨てていると言及。神の臨在と赦しに対する不信、自虐といった日本人の罪と弱さを明確に指摘した。
サン師は「神は既にわれわれを清いものとされた」と3度繰り返した。「イエスはすでにあなたのもの。あなたがどこにいるときも、イエスはあなたと共にいるのです。」 罪に対する罪悪感によって閉ざされた唇を、神を賛美することと教会を神の栄光で満ち溢れさせるために開いてほしいとの願いを語った。
「神は奉仕を強制しません。収穫は多いが働き手は少ないという言葉は、このことを意味する」という。
「意味を知らずとも、十字架を首から提げている日本の多くの若者を見て、何かを感じさせられないでしょうか。きょう、『私を遣わしてください』と祈ってください。必ず、日本は変えられます。」
サン師は、日本で礼拝説教をするのは今回が初めて。18日の国家朝餐祈祷会には来賓として参加した。カリフォルニア大バークレー校で建築学を学び、その後「神の国の建築士として召され」(峯野龍弘牧師)、牧師となる。フラー神学校で神学修士取得。哲学博士。1953年生まれ。1男1女の父。