豊臣秀吉の迫害によって、長崎で十字架にかけられて殉教したキリスト者26人の信仰を現代に伝えようと4日、長崎市内にある西坂公園の記念碑前で二十六人殉教記念ミサが行われた。集まった信徒ら約3000人を前に同記念館のデ・ルカ・レンゾ館長は、「私たちには、彼らが命をささげて伝えた福音を後の世代に伝えていく使命がある」と語った。
ミサは、カトリック長崎大司教区(高見三明大司教)が2月5日の殉教の日にあわせて毎年開催している。
処刑は、日本でキリスト教の信仰を理由に最高権力者の手によって行われた最初のものであった。日本人20人、スペイン人4人、メキシコ人、ポルトガル人それぞれ1人が殉教した。
殉教者の中には当時12歳の少年もいた。死刑執行の責任者であった寺島半三郎は、信仰を捨てるなら助けるとの条件を少年に告げたが、彼は丁重に断りその信仰を守り抜いた。
カトリック教会では1862年、当時の教皇ピオ9世がこの26人を聖人に列すると決定している。