キリスト教作家として有名な故・遠藤周作の作品「わたしが・棄てた・女」を題材とした音楽座ミュージカル「泣かないで」が池袋東京芸術劇場中ホールにて公演されている。
物語の舞台は戦後間もない東京。人々が忙しく雑然とした日常の生活を一日一日やり過ごすのに必死に生きていた中、ある貧しい大学生吉岡努が雑誌の文通欄で知り合ったクリーニング工場で働く女工森田ミツと一夜を過ごす。
吉岡はただやるせない日常での「はけ口」が欲しくて一夜を過ごした女だったが、ミツはその一夜の後も再会の日を信じて吉岡に想いを寄せ、再会の日に着る衣装のために工場の夜勤を重ね、お金をためるが、酒と博打に溺れる工員の妻子のためにそのお金を使い果たしてしまう。
その後、不幸にもミツに「ハンセン病」の疑いがかけられ、富士山麓にある死を待つだけのハンセン病患者たちが集められる病院「復活病院」へと収容される。しかしその後精密検査を受けた結果ミツはハンセン病ではなかったことが明らかになった。しかし、一週間のハンセン病棟生活においてハンセン病を患う人々の様々な過去、また現在を助け合って生きる姿に触れ、ハンセン病患者への親しみを寄せるようになったミツは、なんと復活病院に残り、ハンセン病患者の世話をすることを申し出る。
この作品では、主人公森田ミツがキリストが見せた「与える愛」を自ら自然と発している姿が印象的である。
遠藤周作は『沈黙』、『死海のほとり』など数多くのキリスト教作品を遺しており、順子夫人は、「主人はよく『キリストは教会にいるだけじゃない、街にいっぱいいるんだ』と言っていました。お腹の大きいお母さん、重い荷物を提げたおばあさん、白い杖をついた目の不自由な人、みんなキリストだって。十字架に架かっていないからわからないだけだって」と遠藤周作が言っていたことを証している。
遠藤周作は作品を通して「日本人の心に届くキリスト教」を表現している。
音楽座ミュージカルの今回の作品「泣かないで」が初演された1994年当時、遠藤周作は劇となった自分の作品を観て、「私は驚き、悦び、大変に満足した」「その夜は非常に幸福な気持ちで自宅に戻った」と書き記しているという(同年5月11日産経新聞)。
劇場では、自己中心的な世俗社会に生きる人々にとって、森田ミツのような自分を省みず利他的な愛を自ら自然に発する姿に多くの観客が心打たれ、涙していた。森田ミツのような生き方は「正直者は馬鹿を見る」というような本当に愚かな生き方のようにも見えるが、実はそのような与える愛のなかに「神さまのかたち」が存在しており、人の心を感動させる。
聖書の説くイエス・キリストのような「神さまのかたち」がまさにふつうの人の中に現れている。物質的な豊かさではなく、魂の救済によって人間がどれだけ幸せになれるか、次の世代をつくる若い世代の中に、いかに多くのこのような与える愛を自ら発することのできる人間を育てられるか−全ての人間がもっている「愛」の核心をつく物語となっている。
16日まで東京芸術劇場中ホールにて開催後、兵庫、神奈川、愛知、茨城にて順次開催予定。
公演ホームページはこちら→ http://www.nakanaide.jp/