イエスは、彼らにこのようなたとえを話された。「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。・・・ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。(ルカ15:3〜10)
日本では、12年連続で自殺者が3万人を超えています。家族が伏せて公表していない人の数を加えると、10万人を超えるのではないかとも言われます。1日に100人近く、もしかしたら2、300人の人が自ら命を絶っていて、世界中のどんな紛争地域より、ひどいことが毎日、日本で起こっているのです。日本は、豊かで平和そうに見えていながら、世界で一番悲惨な戦場であるかもしれません。
最近、日本では、自分の命だから自分で決着をつけられる、などという罪深い考えが広がっていますが、命は、そんなに粗末にするべきものではありません。実は、私たちの命は、天地宇宙を創られた神が、御子イエス・キリストを十字架につけ死なせてまで、とことん愛し、救い出そうとされた価値ある命なのです。
今日の聖書では、イエスご自身が、「羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたとしたら、九十九匹を残して捜し歩かないでしょうか」と言われました。最近の冷たい社会では、「いや、捜し歩かない。九十九匹いるんだから、あきらめましょう。会計でいう損金みたいなもので、いなくなったんだから、しかたない」と合理的に切り捨てるかもしれません。でも、イエスは、「九十九匹いるから捜さないなんて、そんないい加減な羊飼いがいるだろうか。九十九匹を残しておいても、捜しに行く。見つけると大喜びで帰って来て、近所の人たちと一緒に喜ぼうじゃないか。自分一人では喜び足りないくらい、大きな喜びがあるじゃないか」と語って下さるのです。
私たちが、どんなに弱くても、私やあなたに至るまで、命の与え主である神は本気で愛して下さっているのです。それはどういうことか、4つのことを、共に学びたいのです。
1.罪深い私たちを、キリストは愛して下さる
パリサイ人が招いた食卓に着いているイエスのそばに、罪深い女がやって来て、涙を流し、御足をぬらし、髪の毛でぬぐい、香油を塗った物語があります。自分が清く正しいと思いこんでいるパリサイ人にとって、彼らの生活の中に後ろ指をさされるような不道徳な女が入って来ることは、場違いで嫌なことでした。しかし、イエスは違いました。彼女には多くの罪があったが、今こうして多く愛する者に変えられているのは、多く赦されたからだと語り、彼女に「あなたの罪は赦されています」と言われたのです。
私たちの心の中には、汚い嘘があります。ごまかしがあります。しかし、キリストは、どんな罪深い者であっても招き入れて下さいます。愛して下さるのです。
2.小さな私たちでも、キリストは愛して下さる
貧しいやもめが、献金箱にレプタ銅貨2枚を投げ入れた物語があります。わずかなものを、入れたのです。一方、金持ちたちは、イエスが献金箱を見つめる横で、有り余る中から高額な硬貨を投げ入れていました。その時イエスは、「このやもめは、誰よりも立派な捧げものをした」と言われたのです。確かに額としては小さくても、神に受け入れられる真心と信仰があることをイエスは認めて下さったのです。
3.役立たずの私たちでも、キリストは愛して下さる
ある主人が農園に1本のいちじくの木を植えた物語があります。今年こそ実がなると期待して待ち続けましたが、3年経っても実はなりません。かんしゃくを起こした主人は農園の番人に、「役に立たないから、切り倒しなさい」と命じます。しかし、番人は「待って下さい。できるだけのことはしてみますから」と答えるのです。役に立たないと見えるものも、主は切り捨てず、チャンスを与えて下さいます。
そもそも、群れから迷い出た一匹は、ぐずでのろまで、他の羊より劣っていたかもしれません。そんな者でも、本物の羊飼いは捜し出して下さいます。
4.神の御心を行なう者を、キリストは愛して下さる
群衆の中から、ある女が「あなたを産んだ母親はなんと幸せでしょう」とイエスに叫んだ記事があります。その時イエスはおっしゃいました。「本当に幸せなのは、私の母ではない。神の御心を行なう者たちだ」
家族だからと、えこひいきされる神ではありません。誰でも、一生懸命に神の御心を行なう人を、神は愛して下さいます。罪深く、小さく、役立たずに見えても、神の愛は、あなたに向けられています。神に愛されているから、私たちは生きることができるのです。ひとりの魂をとことん愛し、捜し出し、救って下さる主をご一緒に喜び感謝しましょう。
万代栄嗣(まんだい・えいじ)
松山福音センターの牧師として、全国各地、そして海外へと飛び回る多忙な毎日。そのなかでも宗教を超えた各種講演を積極的に行っている。国内では松山を中心に、福岡、鹿児島、東京、神戸、広島、高松にて主任牧師として活動中。キリスト教界のなかでも、新進気鋭の牧師・伝道者として、注目の的。各種講演会では、牧師としての人間観、ノイローゼのカウンセリングの経験、留学体験などを土台に、真に満足できる生き方の秘訣について、大胆に語り続けている。講演内容も、自己啓発、生きがい論、目標設定、人間関係など多岐にわたる。
また、自らがリーダー、そしてボーカルを務める『がんばるばんど』の活動を通し、人生に対する前向きで積極的な姿勢を歌によって伝え続け、幅広い年齢層に支持されている。
国外では、インド、東南アジア、ブラジル等を中心に伝道活動や、神学校の教師として活躍している。