ソーシャルワーカーとして精神障害者の生活支援活動などに取り組む向谷地生良氏(北海道医療大学看護福祉学部教授、浦河赤十字病院ソーシャルワーカー)が2日、新潟福音教会で「心病む人々と教会」をテーマに講演を行った。講演会には145人が参加。向谷地氏は精神障害者が増加しつつある現状に触れ、「教会が精神障害者を受け入れ、対応していく必要がある」と参加者らに訴えた。
向谷地氏は講演で、自らが発足に関わり、現在も理事として活動に携わっている社会福祉法人「浦河べてるの家」(北海道浦河町)の活動について、スライド映像を交えながら紹介した。浦河べてるの家は、精神障害者の地域貢献や社会進出を目指すことを目的として設立された社会福祉施設。地元名産物の日高昆布の産地直送販売などを中心に、当事者主体の活動を展開してきた。現在は福祉関連事業にも進出しているほか、同施設関連の情報を配信するコミュニケーションサイト「べてるねっと」を発信するなど、活動の幅を広げている。
講演会では、実際に「べてるの家」で共同生活をしている精神障害の病を持つ男性が、自らが作詞作曲したオリジナル曲を、参加者らの前でギター演奏する場面もあった。恐怖心のためにコンビニエンスストアにすら行くことができなかったというこの男性が、大勢の人の前でギターを弾きながら歌を歌うまでに成長したことに参加者らは驚きを隠せない様子だった。「べてるの家」で生活、労働、学習などを共にし、互いに励まし合いながら精神障害の壁を乗り越え、社会生活への復帰を目指す障害者の数は現在100人以上にのぼるという。
向谷地氏は、「精神障害者であるという自分の弱さ・欠点を隠すことが問題である。隠すことで返って引きこもってしまい、孤独感に襲われて何もできなくなる」と主張。さらに、「弱さや問題点を隠すのではなく、集まりの中でそれを分かち合うことが必要。分かち合うことで慰められ、その弱さがかえって人を生かす力になる」と話し、弱さを理解し合うことの大切さについて説いた。
精神障害の病を持つ人々は、プライバシーの保護を理由に自分が精神障害者であることを隠す傾向が強いという。しかし「べてるの家」では、自分の問題点から逃げるのではなく、むしろその弱さを受け入れることでもっとよいものが生まれてくるという考え方に立って障害者の生活支援活動に当たっている。
また向谷地氏は、浦河教会の教会員であり、「べてるの家」の前身である精神障害者らのソーシャルクラブ「どんぐりの家」のメンバーとして浦河教会旧会堂で共同生活を行った経験がある自身の経験に基づき、「教会も障害者の受け入れと対応に尽力すべき」と参加者らに呼びかけた。
一方「べてるの家」という名前は、旧約聖書の創世記に出てくる「べてる(Bethel)」という地名にちなんで名づけられた。「べてる」には「神の家」という意味がある。ドイツにも同名の町(ドイツ名:ベーテル)があり、古くから障害を持った人々が受け入れられ、生活を共にしているという。第二次世界大戦中に、ナチスが「優れた人間のみが生きる権利がある」との思想から障害者を抹殺しようとした時、住民が「彼ら・彼女らを連れて行くのならば私たちも連れて行け」と、命懸けで抵抗したという話もある。