私の奉仕している教会は、かつては宮城県北の漁港の町にありました。そこから隣の石巻市に移転し、何カ所か借家で開拓形式で転々としながら伝道し、約20年前に矢本町(合併で現・東松島市)に会堂建築いたしました。教会名も場所も転々として、かつての旧称・女川教会とは、場所も会堂も教会名称すらも変化してしまいました。しかし、どんなに変化しても聖協団に属する教会として、その教団に脈々として流れ続けている伝統は継承して今日に及んでいます。
聖協団は2008年に教団創立50周年を迎えました。東京の神田神保町から始まり、今年で日本宣教109年です。教団も各個教会も個々人も、必然的な変化を拒んだり、恐れたりしてはならないと思います。
宣教と教会形成の方策等は、異端やカルトに陥らない限りは信仰をもって積極的に各個教会が取り入れ、成長して主の御名が崇められることは必要なことです。教会とはその始まりからして、宣教の使命と弟子の育成がDNAとしてインプットされています。「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです」(エペソ1:23)。
しかし、宣教や教会形成に顕著なみわざが表されたとしても、人間は完全ではないことを覚え、へりくだる必要があります。教団に属しているということは、宣教や教会形成、教会人事や献金等のバランス感覚を保つことのできる安全弁でもあります。私たちの教団は、初代教会や宗教改革、メソジスト、ホーリネス以来の伝統にあずかっている教団であるという恵みをいただいています。必然的な変化と共に、そのような教団の伝統的な特色を受け入れ、かつ聖書神学的な背景にしっかりと裏打ちされた良き伝統を継承していくことは、とても幸いなことだと信じます。
田中時雄(たなか・ときお):1953年、北海道に生まれる。基督聖協団聖書学院卒。現在、基督聖協団理事長、宮城聖書教会牧師。過疎地伝道に重荷を負い、南三陸一帯の農村・漁村伝道に励んでいる。イスラエル民族の救いを祈り続け、超教派の働きにも協力している。