ヨハネがイエスに油を注いだのは儀式的でも象徴的でもあり、起ころうとすることの予告でもあった。何が象徴されていたかと言うと、天からの聖霊の注ぎである。つまり、バプテスマを受けて聖霊の注ぎを受けたことを、油注ぎという儀式によって予告したのだ。
油注ぎ儀式は神から託された使命を遂行するために必要な超自然的な力の附与を意味した。その実態が鳩のかたちをして天から傾注された聖霊だったのだ。神はイエスにメシヤとしての使命を明らかにし、使命達成に必要な霊の力を注いだのであった。イエスは力があふれてくるのを感じたが、それがどんなことをするのかはまだ明らかではなかった。
かつて荒野の預言者エリヤの弟子として登場し、エリヤの二倍の霊力を受けたエリシャの活動を思い浮かべた。エリヤは荒野に住んだが、エリシャは町に住み、人々の間を行き来した。エリヤは偉大なる奇跡に用いられたが病をいやすことはなかった。その弟子エリシャの活動の中心はいやしだった。エリヤには自然界を動かす力として現れた聖霊は、エリシャには人を癒す力として現れたのだ。荒野のヨハネの弟子だったイエスは、エリシャをモデルとして見た。しかし、聖霊の能力がどのように発揮されるかという質問の答えは、もうしばらく待たなければならなかった。
ヨハネがイエスにバプテスマを施した時に、ヨハネの使命は完了した。イエスに対するすべての責任を果たしたヨハネとその弟子たちは修道所へ帰って行った。イエスが再びヨハネと顔を合わすことはなかった。
ガリラヤ出身の二人の弟子たちはヨハネと行かずに残ったが、その一人はアンデレであった。
修道所を離れたイエスがどこで寝るようになるかを心配したアンデレは「主よ。どこでお泊りですか」と尋ねたが、予定もないイエスは「来てみなさい」、と答え、その夜徹夜で話し込んだ。二人はイエスがメシヤであることを確信した。
アンデレは次の日、兄のシモンを探し、「兄さん。メシヤにであった。兄さんも会ってくれ」と言ってシモンを連れてきた。
シモンを見たイエスは喜び、「これからお前をペテロと呼ぶことにする」と新しい名前を与えた。ガリラヤの漁師たちがはるか離れた死海の近辺で何をしていたかと言えば、ヨハネから学んでいたのである。ヨハネと常時共同生活をした少数の弟子たちもいたが、数日の時間を作って学びに集まる弟子たちは大勢いた。彼らは仕事の合間に時間を見つけては学ぶ、そのような弟子であった。この時にはその場には居合わせなかったが、後にイエスの弟子となる漁師の兄弟ヤコブとヨハネもヨハネの弟子だった。
ヨハネはメシヤを紹介する先駆者としての務めを、このようにも果たしたのであった。ヨハネは弟子たちがイエスに従っていくことを認めただけではなく、むしろ勧めもしたのだ。イエスの追従者の中にはヨハネのこのような弟子たちが多くいたのだ。(次回につづく)
平野耕一(ひらの・こういち):1944年、東京に生まれる。東京聖書学院、デューク大学院卒業。17年間アメリカの教会で牧師を務めた後、1989年帰国。現在、東京ホライズンチャペル牧師。著書『ヤベツの祈り』他多数。