・・・ある百人隊長に重んじられているひとりのしもべが、病気で死にかけていた。百人隊長は、イエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、しもべを助けに来てくださるようお願いした。・・・百人隊長は友人たちを使いに出して、イエスに伝えた。「主よ。わざわざおいでくださいませんように。・・・ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。・・・(ルカの福音書7章1節〜10節)
母の日はクリスチャンたちから始まり、教会から世界中に広がった良き事柄ですが、最近では商業ベースに乗せられて、いつの間にか形だけのものになりつつあります。しかし私たちは、そういう表面的な事柄ばかりに乗せられるのではなく、常に神の恵みに向き合って歩ませていただいていることを思い起こしましょう。
イエスがカペナウムという街に来られたとき、あるローマ軍の百人隊長に頼まれて、彼の部下の癒しのためにユダヤ人の長老たちがやって来ました。
その百人隊長は非常に思慮深い配慮の行き届いた人であったようです。当時、支配者であるローマ人に対しては、当然ユダヤ人たちは敵意を持っていました。異邦人である自分がイエスに会えば、イエスには悪い噂が付きまとい、迷惑をかけたり、つまらぬ誤解を生んではいけないと思ったのでしょう、彼はイエスのお言葉だけを求めます。
今日は彼の信仰から3つのことを学びたいのです。
1.神を認める
「お言葉をください。」と言うことはどういうことを意味していますか?自分の思いつきや考えで良ければそんなことを言う必要はありません。彼はイエスの内に神を見、救い主、癒し主としてイエス・キリストを認め、イエス・キリストの言葉をいただきたいと願ったのです。向き合うべき神を彼は意識していたのです。
私たちは、私という言葉を主語にして語ることが多く、それが行き過ぎると身勝手で自己中心的な傾向に陥りかねません。私たちが受け止めたい信仰とは、単に自分の心の研鑽や自己啓発、人格教育というものではありません。自分とは違う本当の神を意識して、神と向き合うことです。
自分の思いが大切ならば、わざわざお言葉をいただかせてください、などと言う必要はありません。自分の内側にはない、自分の力では作り出すことのできないものだから、いただかせてくださいと祈るべきなのです。
信仰は、イエスと向き合って、自分のわがままを押し付けるのではなく、イエスからお言葉をいただくことです。命の与え主であり救い主、私たちの癒し主である神を、私たちは自分の目の前に意識しましょう。
2.神の御言葉に真の価値と力、権威を認める
彼は、神の御言葉に真の価値と力、権威を認めていました。この百人隊長は、イエスのお言葉を、軍隊の中の命令にたとえました。将軍や、皇帝から戦えと言われれば、それは命令であって、その言葉が意味したことが行動されなければならない権威があるのです。
彼はイエスの言葉にそれ以上の権威を認めました。だからイエスのお言葉をいただかせてくださいと願ったのです。世の中全体の言葉が軽くなっている時代だからこそ、2千年前と変わらぬ、重い神の約束をしっかりといただきたいのです。
私たちも神の御業を体験しようとするときに、神のお言葉にこだわりたいのです。安っぽい言葉が溢れている時代だからこそ、私たちはイエスのお言葉に価値を見出し、権威を認めたいと願います。
3.イエス・キリストのお言葉に信頼する
百人隊長は「そうすれば、私のしもべは必ずいやされます」と語りました。必ず、絶対、100%などということは、不完全で足りないところの多い私たちは言うことはできません。でも、イエスにはそれが確実にできるのです。百人隊長は、人間や自分に期待したのではなく、救い主であり神であるイエスに信頼し、おゆだねし、期待したのでした。
私たちは、イエスの言葉に対して、あなたのお言葉こそが私の人生の切り札ですと、主に信頼して祈るものでありたいと思います。
あなたの目の前に、あなたを見つめ、あなたに語り、時には叱咤激励する神がおられることを意識しようではありませんか。その神のみ口から出るお言葉には、あなたの人生に大きな影響力を及ぼし、偉大な結果を生み出す力と権威があることを認めましょう。そして、私たちは素直にイエスに信頼しましょう。
イエスのお言葉は、多くの人に聞かれていましたが、ほとんどの人々は聞いただけで、恵みを受けることができませんでした。私たちも、単にイエスのお言葉をただ垂れ流しのように聞いているだけではいけません。主キリストの御言葉にこだわるものでありたいと思います。
万代栄嗣(まんだい・えいじ)
松山福音センターの牧師として、全国各地、そして海外へと飛び回る多忙な毎日。そのなかでも宗教を超えた各種講演を積極的に行っている。国内では松山を中心に、福岡、鹿児島、東京、神戸、広島、高松にて主任牧師として活動中。キリスト教界のなかでも、新進気鋭の牧師・伝道者として、注目の的。各種講演会では、牧師としての人間観、ノイローゼのカウンセリングの経験、留学体験などを土台に、真に満足できる生き方の秘訣について、大胆に語り続けている。講演内容も、自己啓発、生きがい論、目標設定、人間関係など多岐にわたる。
また、自らがリーダー、そしてボーカルを務める『がんばるばんど』の活動を通し、人生に対する前向きで積極的な姿勢を歌によって伝え続け、幅広い年齢層に支持されている。
国外では、インド、東南アジア、ブラジル等を中心に伝道活動や、神学校の教師として活躍している。