世界中の資本主義諸国を大恐慌が襲った1930年代。当時、賀川豊彦が共産主義でも資本主義でもない、第3の道として提唱した「友愛の経済学」について、元コープ神戸理事の野尻武敏・神戸大名誉教授が4月28日、都内で開かれた賀川豊彦献身100年記念講演会で講演した。
野尻氏は、賀川の経済理論の基礎原理として、▲主観(人間)経済、▲人格(友愛)経済、▲唯神論の3つを挙げた。
主観経済とは、経済を考えるときに物とお金に焦点を当てるのではなく、そもそも物とお金を使用する人間自体に焦点を当て、これまで経済学でないがしろにされてきた人間価値に重点を置く考えをいう。
人格経済とは、個人であるだけでなく「人格」としての人間が、使い捨てのモノのように扱われている経済を悪とする考え。友愛とは英語でブラザー・フッド(兄弟愛)のこと。野尻氏は、「人格」と「友愛(兄弟愛)」とは別物ではなく、語源などから、ともに「自律と心の一致」を意味すると説いた。
唯神論については、「ここがマルクス主義と徹底的に分かれるところ」と指摘。賀川は人間の意識こそが物を規定しているとの前提に立ち、共産主義のような暴力革命によるのではなく、教育による新しい世代の意識の覚せいによって社会を変革することを訴え続けたと強調した。
野尻氏は、賀川思想の基本にある「人格と友愛の精神」は、日本国憲法の人権思想を生み出したキリスト教に基づくものであることを強調。「人間の尊厳性はそこ(キリスト教)から出ている。人権の思想を(日本に)もってきても、根がないから枯れる」と日本の人権思想の脆弱さにも触れ、警鐘を鳴らした。
また、賀川が国家による上からの変革も、無政府主義も否定し、「人々が自律的に自由に助け合う世界」を積み重ねることで、家族から始まり、地域、国家、果ては世界連邦に至るまでの「共同体」の創造を目指していたことを紹介した。
野尻氏は、店の中に物は有り余っているのに、そのとなりで飢えた労働者があふれているという「有り余っている貧困(Poverty in Plenty)」状態の発生こそが、「資本主義社会の抱えるもっとも大きな矛盾」だと賀川が指摘したことを紹介。さらに賀川が労働者だけではなく、資本家自身に対しても、お金に操られているのも人格経済に反するとし、「資本家の解放」までも訴えて資本主義を徹底して批判していたことを強調した。
その経済思想の実践として賀川が始めた協同組合運動については、「(商品を)誰が使うかよくわからない」という資本主義社会における関係から、「売る人と買う人に人格的なつながりがある」という関係へと回復しようとする運動であると説明を加えた。
野尻氏は、21世紀の社会の構造において、自由競争と効率の原理が支配する「市場」と、平等と公正の原理に従う「行政」に加え、そのどちらでもない第3の社会セクターとしてのNPOが今後「社会の大きなウェイトを占める」と指摘。日本では制度の問題でNPOにはなっていないが、世界的には生活協同組合がNPOの代表的存在として長い歴史を持つことを強調し、「友愛と連帯」に基づく生活協同組合を「ボランタリーセクター(第3の社会セクター)の中心にもっていかなければならない」と訴えた。